傾国の落日~後宮のアザミは復讐の棘を孕む
「わたしが子を生んだら――もしかしたら?」
 紫紅のほとんど聞こえない声を、徐公公はしっかりと拾って、我が意を得たと言わんばかりに頷いた。
「そうです。千載一遇の機会です。あなたは未来を掴んだ」
「未来……」
「そう、皇帝の母親。国母としての未来です」 
 紫紅は思わず、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 伯祥の子が、未来の皇帝に? 理不尽に陥れられ、妻を奪われた屈辱の中で死んだあの方の子が、皇帝に? ――それは、最高の復讐ではあるまいか?
 あの人を踏みにじった憎い男と、忌まわしいこの国への、これ以上はない――
 自身の腹を抱きしめながら、紫紅が尋ねる。
「そんなこと、あるかしら……? だって、わたしは――」
「奴才がおりますよ。貴女の下僕(しもべ)となって、貴女の未来を切り開きましょう」  
 徐公公の微笑からは、何も読み取ることができない。――あるいは、紫紅の懐妊に気づいているのか? でも――
 紫紅がじっと、徐公公の目の奥を見つめた。
「どうして、そこまでわたしに?」
 徐公公がふっと唇を緩める。 
「『奇貨居くべし』という言葉がございましてな。宮廷では、価値ある宝石を見定め、それを磨いた者だけが生き残る。貴女は奴才の『奇貨』でございます」
「……信じていいのかしら?」
 紫紅の問いに、徐公公が首を振った。
「この後宮では、誰であろうと信じてはなりませぬ。奴才が貴女に賭けるのは、すべて打算でございます」 
「打算……」
「貴女は奴才以外に、後宮の内に頼れる者もおりますまい。すべて、この奴才(やつがれ)にお任せください。必ずや、貴女の宿願を果たしてごらんにいれましょう」
 そう言って、徐公公は深く頭を下げたのであった。
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