傾国の落日~後宮のアザミは復讐の棘を孕む

二、破鏡不照

 きっかけは、清明節に宮中に招かれたことだった。
 皇太子となった第二皇子が新たに娶った夫人たちのお披露目も兼ねて、皇帝主催の私的な宴が離宮で開かれたのだ。
 第一皇子の伯祥には、落ちぶれかけた下級官吏の娘・薊紫紅一人だけを宛がったが、皇太子は宰相の孫娘を正妃に、その他三人の側室を同時に娶った。
「わたしだけで、よろしかったでしょうか……もし……」
 他にも側室を望むなら……そんな風に尋ねる紫紅に、伯祥が笑った。
「私はそなた一人だけでいい。むしろ他に押し付けられても困る。私はそなたでよかったし、他はいらないよ」
 宮中に向かう馬車の中で、伯祥の手が紫紅の手を握る。向けられた柔らかな笑顔に、紫紅もホッとする。
「わたしも、伯祥さまでよかった……」
「生涯、そなた一人だけと誓う。それが、賢聖の教えでもある。……天子はそうもいかないから、私は今の境遇に満足しているよ」
「わたしも、一生、伯祥さまでけです。……天に誓って」
 そっと触れるだけの口づけを交わしあううちに、馬車は離宮の門に着いた。
 離宮での私的な催しということで、比較的自由な服装が許されている。
 紫紅はその名の通りの、紫がかった薄物の襦裙。胸の上で赤い帯を締め、黒髪は控えめに結い、真珠のついた金色の櫛と、鳥をかたどった歩揺を挿す。かんざしから垂れる飾りと、耳飾りが歩くたびに揺れ、キラキラと輝いた。控えめな装いが紫紅の輝くばかりの白い肌と愛らしい顔立ちを引き立てる。
 対する伯祥は普段通りの紫色の円領袍。金の飾りのついたベルトから、翡翠の佩玉が揺れる。
 今日は弟である皇太子の結婚の祝いでもあるから、主役でない彼らは地味なものだ。
「目立ちすぎるとロクなことにならない。隅っこでひっそりと過ごして、すぐに帰ろう」
 伯祥の言葉に、紫紅も大きく頷いた。

 宴席自体はどうということはなかった。
 伯祥は長子とはいえほとんど無視されてきた不遇の皇子で、紫紅もまた、冴えない下級官吏の娘でしかない。次男の結婚に先んじて長男に形ばかり嫁取りをさせるため、おざなりに選ばれた娘だった。――皇帝は選んだ嫁がどんな娘か、興味もなかったに違いない。
 だが、宴の終わりに、皇帝の御前に退出の挨拶を述べたとき、玉座のその人が息を呑む気配がした。
 ――なにかしら?
 紫紅が首を傾げるうちに、伯祥が口上を述べる。
「あ、ああ……よきにはからえ」
 ただ、それだけを言われて、二人はそっと離宮を後にした。
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