傾国の落日~後宮のアザミは復讐の棘を孕む
 帰りの馬車の中、なんとなく考え込んでいる様子の伯祥に、紫紅が尋ねる。
「どうかなさいましたか?」
「いや……」
 伯祥が少しためらってから言った。
「そなたがあまりに美しかったので、皆がざわついていたのが気になって……くだらない嫉妬だ」
「そんなこと……」
 目を丸くする紫紅に、伯祥が照れ隠しに笑う。
「そなたの美しさを誇りたい気持ちと、隠しておきたい気持ちがまじりあって……」
「伯祥さま……」
 だが、伯祥の懸念は杞憂ではすまなかった。

 数日後、珍しく父に呼び出されて宮中に向かった伯祥は、夜遅く、青い顔で戻ってきた。
 そのただならぬ様子に、思わず取りすがるようにして、紫紅が尋ねる。
「どうかなさったのですか?」
「父上が……」
 伯祥はそれだけ言うと紫紅を抱きしめ、震える声で言った。
「そなたを差し出せば、別の妃を娶らせ、領地も増やすと……」
「え?」
「私は領地も官位も興味はない、妻を愛しているからと断ったが……だが……」
 紫紅は夫の言葉を呆然と聞いていた。
 意味がわからなかった。紫紅は、皇帝に選ばれて彼の息子に嫁いだ。
 ――それを、皇帝の後宮に? 夫に、別の女を? 
「その時はただ、そなたを手放すなんて考えられず、断った。だが、だんだんと恐ろしくなってきた。私だけじゃない。そなたや、そなたの家族に何か害が及ぶのではと――」
「伯祥様……」
 真っ青な顔で震えている夫の頬を、紫紅が両手で包み、正面から見上げる。
「伯祥様、落ち着いて。……わたしだって、伯祥様以外は嫌です。断ってくださってよかった……」
「ああ……紫紅……愛している……」
 伯祥の口づけが落とされ、紫紅もそれを受け入れる。そのまま抱き上げられて臥床に運ばれ、褥の上に組み伏せられ、これまでにないほどの激しさで求められて、紫紅もそれに応えた。
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