傾国の落日~後宮のアザミは復讐の棘を孕む
 紫紅は窓に鎧戸が降ろされて真っ暗な馬車に放り込まれ、後から徐公公が乗り込んできた。
「降ろしてください! 夫が罪人だと言うならば、わたしも彼と一緒に参ります!」
 だが徐公公はバタンと扉を閉めると、暗がりでため息をついた。馬車が走り出し、車輪の軋む音がする。
「夫人。無茶をおっしゃらないでください。奴才(やつがれ)は主上の御命令には逆らえません。それに……」
 狭い馬車の中で、徐公公が大きな身体の向きを変えた気配がする。
「悪いことは申し上げません。どうか、主上の思し召しに従ってください。その上で、殿下の命乞いをなさるのです。それ以外に魏王殿下をお救いする手段はございません」
 噛んで含めるような口調に、紫紅は有無を言わさぬものを感じて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……わたしが、逆らったら?」
「主上に逆らったらどうなるか……さあ、想像もできませんが、魏王殿下のお命はまず、ありますまい。貴女のお命はもちろん、貴女の父上や母上、兄上……ご実家にも累が及ぶのも間違いありません。主上はね、この地上における天にも等しいお方なのです。どうか、そのことをお心に止めてくださいませ」
 そこから先、徐公公は一言も口を利かなかった。
 ガラガラガラガラ……暗闇の中に馬車の車輪の音だけが響く。
 紫紅は自身の運命が暗闇の底に堕とされたのだと知った。

 幸福だった一組の夫婦は、鏡のように粉々に砕かれた。
 天子の、気まぐれによって――
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