水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
 真里亜は大人しい性格をしているので、これくらいがちょうどいいだろう。

 ロッカーから妹の衣服を勝手に漁り、タオルと共に投げ渡す。貴重品は逃亡防止の為こちらで預かれば、まず逃げられない。

 社長は真里亜が水滴を拭いながらモノフィンとフィッシュテイルを脱ぐ姿をガン見しているせいで、真里亜は泣きが入っていた。



「うぅ……。どうして、私が……こんな……っ。ずっと隠してたのに……!」

「どんまーい」

「お姉ちゃん!」

「いいの?真里亜が案外怒りっぽい所、社長さんに見せても」

「あうぅ……」

「ははは!俺の人魚姫は案外茶目っ気があるんだな。流石はお姉さんだ。俺が見たことのない表情を引き出す天才だな!」



 社長の機嫌を損ねることがなくてよかった。姉妹仲には亀裂が張りそうだが。

 水着の上から無地の女っ気のない地味なスラックスとTシャツ、コートを羽織った妹は、姉の背に隠れて歩く。

 真央、真里亜、社長の順に歩いているので、隙を見て獲物を喰らおうとする社長と目を合わせては小さく悲鳴をあげている。

 会議室までの短い道のりで何回妹の「ひぇっ」と引き攣った声を聞いただろう。このような状態では、デートなど成功するわけがない。



(先を急ぎすぎて早まったかな……?)



 真央は若干反省の色を見せたが、すぐにそんなことはないと一人納得する。

 社長が真里亜にゾッコンなのは火を見るよりも明らかだ。二人の関係が深まることはあっても、悪化などするはずがない。

 真央は確信を得ているからこそ、かなり強引に真里亜の背中を押したのだ。

 大丈夫と自分に言い聞かせ、真央はノックをしてから会議室のドアを開けた。



「お待たせしまし……」

「そりゃねーだろ!真央の水族館じゃなくてお前の水族館だろ!?」

「碧、落ち着いて……」

「真央と俺の水族館だ」

「アホか。真央と海里、俺達の水族館だ!真央が先頭に立ってあれこれやったから、今これだけ客足と利益が伸びてんだろ?後はお前の強い意志だけだ。はっきり宣言しろ。今この場で」


 真央は社長と真里亜に、唇へ人差し指を当てると、ゆっくりとドアを締めて会議室の開いている席に座るよう促した。

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