桜ふたたび 後編
〈今日……〉
言葉が途切れた。
ジェイがなにを告げようとしているのか、澪はわかっていた。
わかっていながら、なにも知らないふりをした。
そして澪にも、伝えなければならないことがあった。それなのに、秘していた。
〈澪、私を愛してる?〉
「愛してます」
〈約束してほしい。何が起きても、私を信じると〉
声が切実すぎて、一瞬、迷った。
〈私を信じて〉
「……はい」
電話の向こうで、安堵したような、疲れきったような、長い吐息が聞こえた。
〈おやすみ〉
「おやすみなさい」
──これから長い一日が始まるのに、「おやすみ」は変だね。
澪は薄く笑った。
あと数時間で、すべてが変わる。
それでもやはり朝は来て、そして夜を迎える。
澪はジッと、鏡の中の自分を見つめた。
いま映っている顔がどんなに醜悪でも、直視しなければならない。
自分で選んだ道なのだから。
❀ ❀ ❀
その日のうちに──
ロイヤル・シェルグループと、AXグループの全面的な事業提携の合意が、各国のマスメディアに配信された。
対岸の火事の日本では、経済新聞や業界紙に小さく取り上げられただけだった。
折しもサロンでは、高東茉莉花の超豪華な結婚披露宴の話題で持ちきりとなり、世界経済のビッグニュースに関心を持つ者はいなかった。