桜ふたたび 後編
❀ ❀ ❀


時間が流れた。

澪は病室に移されたが、目覚めたとき、彼女を襲う悲劇を思うと、柏木も恭子も胸が痛む。

〈支えになるのは、同じ痛みを分かち合えるもう一方の当事者だけ〉

恭子の助言に従い、柏木は何度も連絡を試みた。だが、ジェイは捕まらない。

ただでさえ彼の行動は、機密性が高い。それがさらに最近は、複数の使い捨て携帯番号を使用しているようで、ようやくリン経由で電話があったのは、面会時刻を過ぎ、後ろ髪を引かれる思いで乗り込んだタクシーのなかだった。

〈どうした?〉

ジェイの声を耳にして、柏木は膝元から力が抜ける思いがした。

『澪さんが、入院されました』

〈入院? なぜ?〉

柏木はごくりと唾を呑んだ。
車窓を、照明に浮かぶ病院の白い建物が遠ざかって行く。

『お気の毒ですが……流産、されました』

──沈黙。

電話の向こうに流れる無音が、あまりに重く、あまりに不気味だ。
嵐の前の静けさとはこういうことかと、柏木は身震いしながら、次の言葉を待った。

〈澪の状態は?〉

『処置は問題なく終わりましたが……。かなり取り乱されていましたので、今は薬で眠られておられます』

そしてまた、不気味な沈黙。

ようやく絞り出すように、ジェイが言った。

〈……今は戻れない。澪を、頼む〉

通信は、そこで途切れた。

柏木は、がくりと項垂れた。
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