桜ふたたび 後編

「澪さんのご様子は?」

柏木は、皆目わからんと、力なく首を振った。

ナースの姿でもないかと視線を彷徨わせる恭子の目が、長椅子の端に止まった。
「なんで?」と目で問われ、柏木はようやく、辻の存在の不自然さに気づいた。

どういう経緯で澪と会っていたかは知らないが、インテリアコーディネータとしてふたりに紹介した際、彼にはきっぱりと忠告したはずだ。不用意に澪に接触するな、と。

あの日──
あのがらんどうの部屋で、故意なのか無意識なのか、澪にかなり密着してプレゼンする辻を、階段の途中に腰掛け見下ろす、氷柱のように鋭く冷たい視線。

何事も冷徹な彼が、澪に対してのガードだけは恐ろしく激しいことを、柏木は身を以て知っている。
弟の義弟がここにいることは、非常にまずい。

「時宗君」

辻は頭を抱えたまま、どんよりとした目を上げた。

「悪いが、君は帰ってくれないか」

辻は蒼白の顔を横に振った。

「帰り給え!」

怒声が廊下に響いた。
察するところがあるのか、恭子も厳しい表情で加勢する。

辻は、気圧されたように、ふらつきながら立ち上がった。
廊下の壁を伝うように、肩を落とし足を引きずり歩いていく。
数歩進んでは、壁に寄りかかるようにぶつかって、まるで殺人直後の放心状態だ。

──これでは、罪を自白しているようなものじゃないか。

辻は曲がり角で足を止め、そろりと振り返った。
柏木は鋭い眼光で、彼の未練を追い払った。

今回の一件に、もし彼が関与していたら──

想像するだけで、背筋が凍った。
< 127 / 270 >

この作品をシェア

pagetop