桜ふたたび 後編
ジェイは澪の両手をとると、自分の膝に押さえつけるように握って言う。
「とにかく、澪は私を信じていればいいんだ」
「でも、あなたが婚約したことは事実だし──」
「婚約は澪のほうが先だった」
「だから、わたしとの婚約は、無効になったんでしょう?」
「私は、澪との約束を破ったことはない」
──これでは堂々巡り。
どうしてわかってくれないのか。澪は心の中で頭を抱えた。
ふたりの間に重い空気が流れた。
澪は腹を括ったように一つ息を吐くと、視線を床に置いたまま、言った。
「それなら……改めて……わたしとの婚約を解消してください」
「断る」
言下に拒否。
澪はため息をついた。
「……同時に二人と婚約なんて、できないんですよ? 契約書が問題なら、わたしもあなたの名誉を傷つけようとしたから、痛み分けということにしてください」
「私の名誉? なんだそれ?」
ジェイは、ほんとうに厭わしい顔をした。
「わたしは……あなたが婚約したのを知っていたのに、子どもを産もうとしたんです」
「私が反対すると思った?」
澪は頭を振った。
世間的に許されない状況でも、ジェイは手放しで祝ってくれる。そう信じていたのに、隠そうとしたのは、澪の弱さだ。
六年前の悪夢を繰り返さないように──他者の悪意から、小さないのちを守りたかった。
「でも……あなたや彼女を、苦しめるとわかっていたのに……」
「子どもを望んだのは、私だ。澪を傷つけることになって、すまなかったと思っている」
「謝らないでください。欲張りな夢を見たわたしが、間違っていたんです」
「何が欲張りなんだ? 私と幸せな家庭をつくるって、約束だろう?」
「わたしでは、ジェイの望みを叶えてあげられない。その方と幸せな家庭をつくってください」
「澪でなければ、私は幸せになれない」
「わたしは……!」
言いかけて、息を呑む。唇を震わせ、視線を流し、澪はつらそうに喉の奥から言葉を押し出した。
「……子どもを産めません」
「医者は問題ないと言った。今回は残念だったけど、自然淘汰で澪に原因があったわけではない」
澪はかすかに首を振り、どこか遠くを見つめながら呟く。
「きっと、赦してもらえない」
「誰に?」
「……神様に」