桜ふたたび 後編

ジェイは澪の両手をとると、自分の膝に押さえつけるように握って言う。

「とにかく、澪は私を信じていればいいんだ」

「でも、あなたが婚約したことは事実だし──」

「婚約は澪のほうが先だった」

「だから、わたしとの婚約は、無効になったんでしょう?」

「私は、澪との約束を破ったことはない」

──これでは堂々巡り。

どうしてわかってくれないのか。澪は心の中で頭を抱えた。

ふたりの間に重い空気が流れた。
澪は腹を括ったように一つ息を吐くと、視線を床に置いたまま、言った。

「それなら……改めて……わたしとの婚約を解消してください」

「断る」

言下に拒否。
澪はため息をついた。

「……同時に二人と婚約なんて、できないんですよ? 契約書が問題なら、わたしもあなたの名誉を傷つけようとしたから、痛み分けということにしてください」

「私の名誉? なんだそれ?」

ジェイは、ほんとうに厭わしい顔をした。

「わたしは……あなたが婚約したのを知っていたのに、子どもを産もうとしたんです」

「私が反対すると思った?」

澪は頭を振った。
世間的に許されない状況でも、ジェイは手放しで祝ってくれる。そう信じていたのに、隠そうとしたのは、澪の弱さだ。
六年前の悪夢を繰り返さないように──他者の悪意から、小さないのちを守りたかった。

「でも……あなたや彼女を、苦しめるとわかっていたのに……」

「子どもを望んだのは、私だ。澪を傷つけることになって、すまなかったと思っている」

「謝らないでください。欲張りな夢を見たわたしが、間違っていたんです」

「何が欲張りなんだ? 私と幸せな家庭をつくるって、約束だろう?」

「わたしでは、ジェイの望みを叶えてあげられない。その方と幸せな家庭をつくってください」

「澪でなければ、私は幸せになれない」

「わたしは……!」

言いかけて、息を呑む。唇を震わせ、視線を流し、澪はつらそうに喉の奥から言葉を押し出した。

「……子どもを産めません」

「医者は問題ないと言った。今回は残念だったけど、自然淘汰で澪に原因があったわけではない」

澪はかすかに首を振り、どこか遠くを見つめながら呟く。

「きっと、赦してもらえない」

「誰に?」

「……神様に」
< 136 / 270 >

この作品をシェア

pagetop