桜ふたたび 後編

2、アラブの王子

『やあ、メリークリスマス!』

深紅の段通の先に据えられた黄金の肘掛け椅子から、白いカンドゥーラ、駱駝色の襟に金銀の刺繍を贅沢に施したベシュトを羽織った男が気さくに片手を上げた。

シェイク・アブドラ・ヴィン・ラシッド・アル・マクトゥーム。
赤褐色の肌、深い緑の瞳、シマーク(アラブの頭巾)から覗く癖のある黒髪。子どものような顔をしているが、立派な口髭を蓄えている。

パラスホテルのワンフロアを丸々貸し切ったゲストのために、特別に設えられたアラビアンナイトを思わせるゴージャスな室内には、甘い薬草の香りが漂い、彼の周りには五名のうら若き女たちが侍っている。いずれもアバヤと呼ばれる黒いローブを身につけ、薄いヴェールで顔を覆っているが、美姫揃いだ。

それなのに、アブドラは気も漫ろに、ジェイが伴ってきた黒いラップケープの女だけを見つめていた。

女は、満を持してフードを外し、ケープをするりと肩口から滑らせた。
床に落ちた奈落のような闇の上に、肌色のシルクシフォンにプラチナ糸でアラベスク模様を刺繍したソワレの女が現れた。

その姿はまるで一糸纏わぬマーメイドのよう。水滴を模した大粒のダイヤモンドネックレスが、深く空いた胸元に吸い込まれていた。

アブドラが矢も楯もたまらず腰を浮かせるのを見て、ジェイは整えた口髭を撫でつけ、笑みを隠した。

『クリスティーナ・ベッティ……』

アブドラは声を震わせ、

『感激だ! 今宵は私の人生最良の夜になる』

『お会いできて光栄です、殿下』

クリスが魅惑的な笑顔で、優雅にドレスを摘み片膝を折り首を垂れた。プラチナがシャンデリアの光を反射して、サラサラと音を立てて踊った。

『おおぉ』と、アブドラは全身を戦慄かせ歓びを表現した。

演技とわかるリアクションをあえて披露する。敵なのか味方なのか、ギリギリまで駆け引きを愉しむつもりか。食えない男だと、ジェイは心の中で苦笑した。
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