桜ふたたび 後編
そう、数週間前、澪はジェイと結婚を誓い合った。
実感はまるで湧かない。「夢でも見ていたのだろう」と笑われたら、「やっぱり」と納得してしまう。
婚約指輪を眺めては、夢ではなかったのだと胸がいっぱいになり、そしてそのすぐあとに、言い知れぬ不安に襲われる。
だけど、幸せな夢を手放したくなくて、ずっと見えないふりをしていた。
それなのに、現実は否応なしにやってくる。
本当はわかっていた。彼が新居を購入した真の目的も、彼との結婚が甘い夢物語ではないことも。
「……そう、残念だな」
押し黙った瞳の奥を、再確認するように探られて、澪は動揺を悟られまいと視線をそらした。
短いため息が一つ。渋々と体を起こす背中を、汗が流れ落ちた。
──どうしたらいい?
〈結婚して、子どもをつくって……澪と私が得られなかった、温かな家庭をつくろう〉
突然のプロポーズに、感激のまま「YES」と答えてしまったけれど、あのときすぐに撤回するべきだった。
今ならまだ間に合う。きちんと謝って辞退しなければ……。
最愛のひとと結婚して、彼の子どもを産む──。幸福な人生への扉が目の前にあっても、そこへ足を踏み入れることは、澪には赦されないのだと。
「澪?」
肩にかかった手に、思わず体を強張らせてしまった。
「心配しないで、澪のお許しが出るまで待つから」
ジェイのやさしさに、過去の過ちを恥じて、澪は泣き出しそうになった。