桜ふたたび 後編

ジェイは、戻ってくるサーラを視界の端にとらえていた。
祝福の笑みで迎える母親に、彼女は気まずそうに顔を下向け、セルヴールが引いた椅子に躊躇いの目を向けている。

見計らったように、ジェイは乾いた声で言った。

[お急ぎなら、この場で契約しても構いませんが]

[ジェイ、何てことを!]

[──しかし、あなたは、サインできますか?]

氷のような視線を向けられ、サーラは悲鳴を上げそうに立ち竦んだ。取り戻しかけていた顔色が、一気に蒼白に、震えている。

マティーの能面のような表情も、さすがに曇った。

[まだご気分がお悪いのでしょう。無理をなさらないように。ジェイ、先にお送りして差し上げなさい]

[すみません、私……]

何か言おうとしているのか、唇が震えながら蠢いている。
怪訝な視線が交差する。
サーラは、喉まで出かかった言葉を飲み込むように口に手を当てると、いきなり、振り返ることもなく走り去った。

ホールスタッフたちが驚いたように道を譲る。周囲の客たちも、何事かと一斉に視線を向ける。
優雅なディナーに不穏な波紋が広がった。

[まあ、どうしたのでしょう?]

おろおろと救いを求めるマリアンヌに、不安な表情で腰を浮かすフィリップを制して、ジェイは静かに席を立った。

[──お送りしてまいります]
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