桜ふたたび 後編
サーラ・デュバルは、ルーブル協議のあと、忽然と姿を消した。

両親が八方手を尽くし、ようやくオランダ・ハーグの片田舎に愛娘を捜し当てたのは、それから五日後のことだった。
クレジットカードの履歴から、生活圏が割り出された。そんな単純なことに考えが及ばないほど、サーラは世間知らずなのだ。労働をしたこともなければ、食器すら洗ったことのない令嬢が、小さな古アパートで青年と肩寄せ合って暮らしていたことに、両親は衝撃を受けた。

すぐに配下の手によって、サーラはパッシーの邸宅に連れ戻された。
書斎で対面したフィリップは、頭痛を耐えるようにこめかみに手をやった。

あの純真無垢な娘が、いまどきの騒がしい若者たちのようにユニセックスなジーンズ姿で、自慢だった長い髪も、少年のようなショートヘアに変わっていた。

妻は、「結婚前の女性によくある気鬱」と言っていたが、家出して、男の部屋に転がり込んでいたなど、世間に知れれば家名の汚れになる。
何としてでも、隠蔽しなければならない。

[デュバル家の自覚を持ちなさい。婚約者のいる身で、軽率な──]

怒りを抑え、言葉を選ぶフィリップに、娘は立ったまま、乾いた口調で答えた。

[……あの方は、私を愛してはいないのです]

[この結婚に、愛は必要ない。すでに母親になろうという者が、何を言っている]

父の本音に、娘は悲しい薄ら笑いを浮かた。
そして、女のふてぶてしさで告白した。

[お腹の子の父親は、あの方ではありません]

父は絶句した。
俄には信じがたい。天使のような我が娘の口から、悪魔のような所業が吐かれたのだ。

[父親は……リチャードです]

父は初めて娘を打った。
地獄に落ちる大罪。耳にするのもおぞましい。

娘は、打たれた頬を押さえることもせず、弾みで横を向いた顔を無言で戻した。
反抗的なようにも、投げやりなようにもとれる態度に、打った者のショックの方が大きかった。
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