桜ふたたび 後編
そよ風にサロンの木立がひっそりと揺れて、柑橘類の花の甘ずっぱい香りを運んできた。
澪は、花摘みの手を止めて、庭のシンボルツリーの桜の青葉を振り仰いだ。

今年の桜は短かった。満開と同時に春の大嵐がやって来て、お花見をする間もなく散ってしまった。

──だからジェイは帰って来られなかったんだ。

〈桜が咲くまでは逢えない〉

正月旅行からの帰り、別れの羽田空港でジェイは投げるように言った。

〈私から連絡するまで、何があっても連絡してきてはいけない〉

澪は大きく息を吐いて、ビオラの花がらを摘み取った。
花の盛りを終えたというのに、まだいじらしく花をつけている。間延びして弱って、このまま溶けて消えてゆくのだろう。

あれからもう半年近く。あの旅行の目的が、本当は別れるための思い出づくりだったのではないかと、ついつまらないことを考えてしまう。

直後に柏木から会社へ呼び出されて、理由も聞かされぬまま、マンションの所有権を澪名義に変更する手続きが取られたことも不安だったし、そのうえ、同席していた外国人弁護士からは、目が飛び出るほど高額の小切手を押しつけられた。

──手切れ金とか?

澪はいやいやと首を振った。澪との関係を清算するつもりなら、ジェイは直接告げるはずだ。

ただ、今までこんなに長く音信不通だったことなどなかったし、毎月貯まるばかりだったバカ高い生活費の送金もぷっつり途絶えたから、少し気持ちが揺れただけ。

彼のことだから何か考えがあるのだろう。澪はここで待っていると信じているから、彼も自由に飛べているのだ。会えないことは寂しいけれど、大丈夫。離れていても心は繋がっているから。きっと、大丈夫……。

「澪さぁん、お花の用意できましたかぁ?」

澪は花かごを手に立ち上がった。
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