桜ふたたび 後編
まずは、現在進められているバハル最大プロジェクトの遂行。
完成までに十年は要するという巨大人工島のコンプレックスリゾート構想の陣頭指揮を執っているのが、HBS(Harvard Business School)でジェイとセクションメイツだったシェイク・アブドラ・ヴィン・ラシッド・アル・マクトゥームだ。

アブドラは、アラブ首長国連邦の外相でもあるバハル皇太子シェイク・ラシッドの次男という、微妙な立場にある。
長兄のムハマドと三男のフセインは同腹だが、アブドラの母親は部族が違った。

数々の名競争馬のオーナーとしても有名な彼は、頭脳明晰ながら破天荒な王子として国民から絶大な人気があり、国父の寵愛も受けていた。

しかし別の角度から見れば、愛される分だけ妬む者もいるということだ。特に利権の絡まる次期後継者争いとなると、母方や他の王子の一族を巻き込んで、アブドラ派とムハマド・フセイン派の争いは熾烈なものになるだろう。
今回も彼らの悪質な横槍に、計画段階から混迷していたのだ。

失敗すれば即、失脚する。

好戦的な兄弟が現在まで暗殺や軍事に走らずにいるのは、単にアブドラの部族の偉大な兵力を畏れるからに他ならない。
共通の敵がいなくなれば、今まで手を組んでいたムハマドとフセインの間に、武力による骨肉の争いが起こることは火を見るより明らかだった。

二年前に起こったニューヨークの大規模爆発は、老朽化した地下ライフラインの事故と一応の結末を見たが、テロ組織の陰謀説を唱える者は少なくない。この先、大統領選を迎えるアメリカのご都合で、中東への嫌疑が復活する懸念もある。
いや、死の商人たちがこの商機を見逃すはずがない。すでにテロ組織に武器密輸が行われていたとしたら、アメリカの思う壺だ。

そんな世界情勢下での内乱は、国力を削ぎ、付け入る隙をつくるだけ。
アブドラが何としても負けられない理由がそこにあった。

『フィリップ・ド・デュバルの国際的な人脈と、日本のミツトモの技術力こそが、あなたの救世主となるでしょう』

『それは不可能だ』

ジェイの進言に、アブドラは無念そうに首を振った。

父・皇太子の信任を得るためにも、強い後ろ盾が必要だ。
しかし、ミツトモとのパートナーシップは、ロイズと手を結ぶフセインの翻意によって背約を犯した経緯がある。
さらに、フィリップは有名な反イスラム主義者だ。理想的なカップリングではあるが、アラブの王族としてこちらから彼に躙り寄ることはできない、と。

アブドラに己の命運を賭けさせるためには、足掛かりが必要だった。
彼が異教徒の祭典に出席を決めたとき、いや、ジェイがデュバルの娘に引き合わされたときから、すでに壮大な仕掛けは発動していたのだ。
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