桜ふたたび 後編

新人社員が会社の資金調達に奔走するなんて、本来なら筋違いだし、経営陣としても不名誉なことだ。
それをわかった上で、悠斗が動くのは、ただの仕事ではなく、個人として大切な人のためなのだろう。

篠塚は、悠斗がジュニアユース時代からの仲間だ。プロ昇格を目前に不慮の事故で選手生命を失った弟を、何かと気にかけてくれた。
就職内定先が倒産したときも、父親が社長を務める中堅商社に特別枠で入社させてくれた大恩人だ。

今回のイベントは、篠塚が初めて立ち上げた新規事業の魁で、将来的にはAR活用して、選手のケガ予防やチーム強化に繋げたいという構想があるらしい。
彼自身、度重なる怪我で、若くして引退を余儀なくされたから。

ただ、「元Jリーガーとして客寄せパンダに徹してればいいものを、サッカーしか知らないドラ息子の道楽など、金をドブに捨てるようなものだ」と、陰では暗に失敗を望む声もあるという。

特に、彼の長兄は弟を目の敵にしていて、人前でも何かと嫌味を言うのだと、悠斗が漏らしていた。

子どもの頃から衆目の的だった弟は、両親にとって自慢だったろうし、親の関心を奪われた兄が、やっかみを引き摺っていても──気持ちはわからなくはない。

だから、ここで篠塚が兄に頭を下げれば、今後のプロジェクトにより一層の制約がかかるのは目に見えている。篠塚にとって、今が正念場なのだろう。

それに、澪には引っかかることも……。

澪は花鋏を拾うと、二度三度刃を閉じた。
迷いはなかった。きっと、ジェイも賛成してくれる。

「振込先、メールできる?」

悠斗は絶句して、

〈ちょ、ちょっと待って、それって……貸してくれるってこと?〉

「ちょうど、今、預かってるお金があるの。ただ、あちらは契約社会だから、正式な借用書は用意してもらわないとだけど」

あのお金には、できれば手をつけたくなかった。
けれど、弟のピンチに役立てるなら、手切れ金も本望だ。

──手切れ金じゃないって!

〈ほんまか? ほんまにええの?〉

「うん。篠塚さんが了承してくれるなら」

〈あ……ああ……、おおきに、おおきに、澪、助かったぁ……〉

悠斗は、しつこいほど「おおきに」を繰り返して、最後にこう言った。

〈……てか、これが振り込み詐欺やったら、澪、終わってんで?〉
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