桜ふたたび 後編
アブドラ──
父は、アラブ首長国連邦の外相でありバハル皇太子シェイク・ラシッド。母はその第二夫人で、最有力部族の長の娘。
第一夫人には長兄のムハマドと三男のフセインがおり、次男のアブドラの立場は微妙だった。
さらに、四人の妻の間にできた息子は現時点で六人。娘の数を入れれば、彼の兄弟は十人になる。
名競争馬のオーナーとしても有名なアブドラは、頭脳明晰ながら破天荒な王子として、国民から絶大な人気があり、国父からの寵愛も受けていた。
しかし、愛される分、敵もいる。
特に利権が絡まる後継者選びとなると、他の弟妹の取り巻きも巻きこんで、親アブドラ派と親ムハマド・フセイン派の争いは熾烈だ。
今回のプロジェクトも、彼らの執拗な横槍によって、計画段階から迷走していた。
負ければ、即、失脚。
好戦的な兄弟が、現在まで暗殺や軍事に走らずにいるのは、アブドラの部族の偉大な兵力を畏れるからに他ならない。
共通の敵がいなくなれば、武力による骨肉の争いが起こることは、火を見るより明らかだった。
二年前に起こったニューヨークの大規模爆発は、老朽化した地下ライフラインの事故と結論を得たが、いまだ中東テロ組織の陰謀説を唱える者は少なくない。
この先、アメリカ政府の都合ひとつで、ムスリム国家への嫌疑が再燃する懸念もある。
いや、死の商人たちが、この商機を見逃すはずがない。
すでにテロ組織へ武器が密輸されていたとしたら──ペンタゴンの思う壺だ。
そんな状況下での内乱は、国力を削ぎ、外からの干渉を招くだけ。
アブドラがどうしても負けられない理由は、そこにある。
〈フィリップ・ド・デュバルの国際的な人脈と、日本のミツトモの技術力こそが、あなたの救世主となるでしょう〉
ジェイの進言に、アブドラは無念そうに首を振った。
〈それは不可能だ〉
父・皇太子の信任を得るためにも、強い後ろ盾が必要だ。
だが、ミツトモとのパートナーシップは、ロイズと手を結ぶフセインの翻意によって、背約を犯した経緯がある。
しかも、フィリップは有名な反イスラム主義者。理想的なカップリングではあるが、アラブの王族として、こちらから彼に躙り寄ることはできない──と。
アブドラに己の命運を賭けさせるためには、〝正当な足がかり〞が必要だった。
〈愛娘の恩人〉という小さな一滴から、FMT、モーリス、そしてバハルプロジェクトへ。
アラブの王子とフランス貴族の末裔は、互いにプライドを守りながら、強固な絆を結ぶことになるだろう。