桜ふたたび 後編


『すべて君のシナリオどおり。恐ろしい男だな。しかし、モーリスに本当に政治危機は訪れるのか?』

『モーリス人は、実に平和で楽天的な国民なんだ。遠い国の友人が、石に躓いた老人を助けて大金持ちになった話を聞いて、老人が転ばぬようにと、国をあげて道を清掃したというのだから、愉快な国民性だ。
今回、世界の注目を浴び、はじめて異国の脅威にさらされて政府内に混乱が生じたことは事実だが、拝金主義に冒されてあくせく生きることなど、誰も望んではいない。The experts know best.(餅は餅屋)。彼ららしい選択だな』

ジェイは呆れるような真相を、まるで天気の話でもするかのように披露した。

彼は掌に揃えた駒の性質を精確に分析し、それぞれを自由に踊らせ役割を全うさせる。

チェスの名手であるウィルが、一度のゲームで彼との対戦を忌避することとなったのは、自信をもって展開したムーブが、実は彼によって一手一手そう動かされていただけだと、エンドゲームを迎えてようやく気づくという屈辱を味わったからだ。

気取られぬように、確実に。獲物が嬉々としてトラップの深みへと進みこむよう、細部まで仕掛けられたタクティクス。
彼が〝魔術師〞と呼ばれる由縁だ。

実に穎悟で、そして、ぞっとするほどいやらしい。

『それにしても、よくアランを騙せたな』

『クリスが悔しがっているだろう。唐沢も、ルネ大臣も、オスカーものだ』

ウィルもリンも思わず吹き出した。

『障害となっていたリチャードは初恋に夢中で、シェイク・アブドラがうまくバハルに引き留めてくれていた。
モーリス国内では、レオの扇動でお祭り好きの国民たちが喜んでエキストラを演じていた。
アランの情報源は、ニコが完璧にコントロールしていた』

『モーリス政府のオフィシャルサイト、観光産業のHP、ネットニュースにSNSまで、アランが手にした情報は、すべてニコとカールが仕掛けたトライアド(ハッキングして偽情報を流す)だったの。なぜか仲がいいのよね、あのふたり』

元クラッカーのカールは自閉症だ。彼とコミュニケーションできるのは、母親の他にはレオの娘たちだけのはずだ。
しかし、性的マイノリティであることで従軍中に心的障害を受けたニコとは、互いにエンパシーするのか。
ニコはハードコアゲーマーとしても有名で、ふたり並んでPCに向かっている姿をよく見かける。

さらに、カールはルーティーンが崩れるとパニックを起こして暴れるが、キングコングのような相手でもニコはものともしない。
愛らしい顔をして、あれでいて武闘派でめっぽう強い。そのうえ好戦的なので、死傷者を出したくないとの理由で、彼には潜入調査を禁じていた。
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