桜ふたたび 後編
でも、父は責められない。
彼が離婚を思いとどまったのは、愛する女性と生まれてくる子を、妻から守るためだっただろうから。
鎌倉の家が、悠璃の存在をひた隠したのも、母の口を警戒してのこと。
もし、娘が不倫相手の子を出産したと世間に知れたら、稲山の政治家生命に関わってくる。
悠璃と悠斗の誕生がふた月しか違わないもの、母の気を逸らすために父が企てたのでは──。
そう考えてしまうほど、母は、彼のためなら非道になれるし、奪おうとするものには容赦ない。
彼女は〝母〞でも、〝妻〞でもなく、とことん〝女〞だから。
「そんな深刻な顔、しないでください。私はパパもママも大好きだし、ふたりの子どもとして生まれたことに、感謝してますから」
澪ははっとした。
──わたしは、こんなに屈託なく、両親を好きだと思ったことがあっただろうか。
嫌われるのが怖かった。叩かれるのが怖かった。要らないと言われるのが怖かった。
従順にしていれば捨てられることはないと、感情に蓋をして、真っ直ぐに彼らと向き合うことをしなかった。
──愛されなかったんじゃない。愛さなかったのは、わたしのほうだ。
「それじゃ、お邪魔しました」
さっさと立ち上がった顔は、来たときとは打って変わって明るい。
「もう?」
「はい、友達、待たせてるんで」
残念そうに見送りに立った澪に、悠璃は靴を履きながら、背中越しに呟いた。
「私……ほんとは、覚えてます」
トントンとつま先を床で叩き、
「お人形みたいにきれいで、優しいお姉さんのこと」
振り返った彼女は、今日一番の爽やかな笑顔で言った。
「こんなことで負けないでくださいね。幸せになってください」
破談の原因となった澪を励ましてくれる。
彼女のやさしさに、澪は胸が詰まって、返事ができなかった。