桜ふたたび 後編

『彼は独立性を欠く。無効だ』

『私はシェイク・アブドラ、フィリップ・ド・デュバル両名の要請で、監査委員代理として出席しています。もちろん、取締役会過半数の承認も得ています』

一年前、AX株の暴落に乗じて、アブドラがかなりの株を買い占めたことは、エルも聞知していた。
現在、SAMとロイヤル・シェルの保有AX株を合わせれば、アルフレックス家の保有率を超える。

──あのときから、ジェイは、AXの実権を握ろうと周到に下ごしらえしていたのか。──いや、下落も彼が仕込んだのかもしれない。

しかも、フィリップまで取り込んでいたとは……。
彼を平伏させるために用意した最終兵器を逆手に取られた。
さらに、陰で取締役会や監査役会の連中まで抱き込んで、転んでもただでは起きない恐ろしい男だ。

『背任行為だ!』

子どもじみた悪あがきと、失笑が広がった。

『私は先ほどAXを退職しました。すでに弁護士がすべての手続きを完了させているでしょう。訴訟を起こされるのなら、いつでもどうぞ』

『──今、何と? AXを退職したと?』

衝撃と狼狽に会議卓がざわつく。
エルは怒り心頭に発した。

──ジェイの退職が、会長の辞任よりショッキングなのか? こいつの存在なくして、AXの繁栄は有り得ないとでも考えているのか?

『ご安心ください。バハルプロジェクトに関する基本合意は完了しています。取締役会での承認が得られれば、あなた方の利益は、人生をリタイアするまで枯渇しない』

ジェイはどよめきを片手で制し、父に向かって言った。

『指名委員会によって解任が決定される前に、取締役会会長の辞任をお願いします。それが、長年AXに貢献されたあなたへの、せめてもの報謝です』

そして、いつもの有無を言わさぬ口調で、

『議長はお疲れのようだ。本日はこれで散会。──新しい時代の始まりを、期待しています』

『議長はまだ閉会を宣言していない!』

叫ぶエルを無視して、取締役たちは何事もなかったかのように去って行く。
その老獪な背中に、エルは怒りと屈辱を滲ませ、立ち尽くすしかなかった。
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