桜ふたたび 後編

3、訣別のとき

摩天楼を睥睨し、エルモ・アルフレックスは鼻から胸へ大きく空気を送った。

何と清々しい朝だ。あと一時間もすれば、取締役会で直立不動のまま延々と糾弾される弟の姿を拝むことができる。

一年に及ぶ業績不振の責任、デュバル家との婚約解消によるAX関連株価下落の責任、中には明らかな言いがかりも含めて、罪状は枚挙に暇がない。
無論、発言の段取りから〝温情ある〞処遇まで、すべて根回しは万全だ。

──これで奴も、少しは分を弁えるだろう。

手落ちがあったとすれば、あのジャップの女を取り逃がしてしまったことか。

正月には弁護士を入れて女と別れたと報告を受けたが、何か裏があるはずだと女に揺さぶりをかけた。
ところが一向に奴に泣きつく様子がない。
さすがに身に危険が及べば連絡をとるだろうと仕掛けたら、女は逃げ足速く日本を出国していた。

とうにジェイが帰国しているとも知らず、バハルへ向かったというから、憐れなものだ。
バハル空港で途方に暮れたようにうろうろして、しまいにはパリ行きの便に乗り込んだらしい。

本当に手を切ったのだ。大口を叩いた割にあっけない。

デュバルの一件は、娘にはすでに結婚の約束をした男がいたそうだし、あのときのジェイの余裕の態度は、フラれた男の負け惜しみだったのだ。

愉快だ。
己の野心のために女を切り捨てたのに、子どものような婚約者に逃げられて、見事に元も子も無くした不様な弟。

エルモはプレジデントチェアにゆっくりと体を沈めると、新たにコレクションに加えた人体の塑像(ミイラのようなオブジェ)に、満足げな笑みを浮かべた。
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