桜ふたたび 後編
❀ ❀ ❀
澪は、チラリと壁時計に目を向けた。
朝から何度も確認しているのに、時計の針は恐ろしいほどの速さで進んでいく。脈拍もそれに比例して速くなり、もしコルセットで締めつけられていなければ、硬くなった胃が口から飛び出してしまいそうだ。
──せっかくのドレスが、こんな情けない状態では台無し……。
純白のミカドシルクのプリンセスラインドレスは、カソリックの正統をゆくシンプルなスタイル。長いトレーンとインナーボレロには、美しい桜模様のシャンテリーレースが使われている。
シルヴィがこの日のために仕立ててくれた、世界にただ一つのウエディングドレスだ。
パールとダイヤがあしらわれたティアラは、ジェイの亡くなった祖母の形見だという。
ロンドンの叔母、マティー、そしてエヴァと、代々アルフレックス家の花嫁に受け継がれてきた品。
澪は、ジェイの両親の許しを得ていないからと辞退したのだけど、エヴァには理解してもらえなかった。
「サンドウィッチとハーブティーをご用意しましたので、少しお腹に入れておいてください」
相変わらずかゆいところに手が届く彼女は、ブライダルアテンダーの木村綾乃。
下がり眉の、優しく少し寂しげな顔立ち。
今日は、シルバーグレーのブライズメイドドレスに、髪は低い位置で乱れなくお団子にしている。
綾乃は以前、ヴェネチアのAX系ホテルに勤務していた。そのとき、千世のイタリアウエディングで、ガイドとしてお世話になったことがあった。
万事おっとりした藤川家と、しゃきしゃきした武田家。出発時から何をするにもまとまらず、イタリア旅行経験者と言うだけで引率を押しつけられ困憊していた澪は、マルコ・ポーロ空港に突如現れた彼女にどれほど救われたか。
〈プリンスを結婚式に呼んで、姑をぎゃふんと言わせたる!〉という、千世の野望は叶わなかったけど、両家の無茶ぶりも沈着冷静に叶えてくれる凄腕を、ジェイが派遣してくれたことで、彼女の面目はなんとか保たれた。
綾乃は、床に広がったロングリバーレースヴェールを整えながら、ふとソーサーを持つ手に目をとめた。
「指輪は、外してくださいね」
薬指には流れ星の指輪。
なぜ婚約指輪をつけないのかと、ジェイは不服そうだけど、この約束の指輪こそが、澪にとっては彼との絆だ。
澪は、チラリと壁時計に目を向けた。
朝から何度も確認しているのに、時計の針は恐ろしいほどの速さで進んでいく。脈拍もそれに比例して速くなり、もしコルセットで締めつけられていなければ、硬くなった胃が口から飛び出してしまいそうだ。
──せっかくのドレスが、こんな情けない状態では台無し……。
純白のミカドシルクのプリンセスラインドレスは、カソリックの正統をゆくシンプルなスタイル。長いトレーンとインナーボレロには、美しい桜模様のシャンテリーレースが使われている。
シルヴィがこの日のために仕立ててくれた、世界にただ一つのウエディングドレスだ。
パールとダイヤがあしらわれたティアラは、ジェイの亡くなった祖母の形見だという。
ロンドンの叔母、マティー、そしてエヴァと、代々アルフレックス家の花嫁に受け継がれてきた品。
澪は、ジェイの両親の許しを得ていないからと辞退したのだけど、エヴァには理解してもらえなかった。
「サンドウィッチとハーブティーをご用意しましたので、少しお腹に入れておいてください」
相変わらずかゆいところに手が届く彼女は、ブライダルアテンダーの木村綾乃。
下がり眉の、優しく少し寂しげな顔立ち。
今日は、シルバーグレーのブライズメイドドレスに、髪は低い位置で乱れなくお団子にしている。
綾乃は以前、ヴェネチアのAX系ホテルに勤務していた。そのとき、千世のイタリアウエディングで、ガイドとしてお世話になったことがあった。
万事おっとりした藤川家と、しゃきしゃきした武田家。出発時から何をするにもまとまらず、イタリア旅行経験者と言うだけで引率を押しつけられ困憊していた澪は、マルコ・ポーロ空港に突如現れた彼女にどれほど救われたか。
〈プリンスを結婚式に呼んで、姑をぎゃふんと言わせたる!〉という、千世の野望は叶わなかったけど、両家の無茶ぶりも沈着冷静に叶えてくれる凄腕を、ジェイが派遣してくれたことで、彼女の面目はなんとか保たれた。
綾乃は、床に広がったロングリバーレースヴェールを整えながら、ふとソーサーを持つ手に目をとめた。
「指輪は、外してくださいね」
薬指には流れ星の指輪。
なぜ婚約指輪をつけないのかと、ジェイは不服そうだけど、この約束の指輪こそが、澪にとっては彼との絆だ。