桜ふたたび 後編
『アランは、澪を殺せない』
『なぜそう言える?』
『愛する者を殺された痛みは、犯人への殺意に変わる。今回、彼は、私から報復されるリスクを、身をもって知っただろうから』
『殺人教唆の噂が絶えない男だぞ』
『彼の狙いは、私だ』
『それに失敗したから、今度はミオなんだろう?」
ジェイは、揺れる表情を押し隠すように、静かに目を閉じた。
一年半前の襲撃事件は、ニコの機転で失敗に終わった。
この犯行は、事件の直前に起きたクリスの事故が引き金だ。
押収された銃は銃身内に錆があり、命中精度が著しく低いことがわかっている。下手をすれば暴発して、犯人の命を危険にさらすような代物だった。
おそらく、これはアランが計画したものではないだろう。
彼のことだ、殺害するつもりなら、素人など使わない。
だとしても、彼には千載一遇だった。
狂人に襲われた〝被害者〞から、悪徳非道な行いの制裁を受けた〝加害者〞へと蔑め、混乱の間隙を縫ってカールにクラッキングさせ、偽情報を流出させた。
──動機は何か。
トミーが赤毛の女にハニートラップを仕掛けられたのが、二年前の秋。
ニューヨークの爆発事故を機に、サンクチュアリが東京へ一時的に拠点を移し、クローゼの案件が持ち上がった頃だ。
一方で、ロイズ内ではアブラモビッチが台頭。
アランは巻き返しを狙って黒海油田の売却を試みたが、当局に睨まれて頓挫。ミロシュビッチの不興を買い、権力の座を追われる危機に立たされた。
功を焦った彼は、目障りなジャンルカ・アルフレックスを第一線から引き摺り下ろし、クローゼ・カイザーを〝偉勲〞として奪おうと画策した。
──それだけか?
殺人未遂に誘拐。凶悪な手口裏には、もっと根深い個人的な憎しみを感じる。
いずれにせよ、彼は掴んだのだ。
ジャンルカ・アルフレックスの最大にして唯一の〝アキレス腱〞を。
なぜ、澪の携帯番号を替えさせなかったのか。後悔は尽きない。
『澪はクイーンだ。切り札が生きている限り、私からは手出しできないと、彼は知っている』
ウィルは納得いかない表情で、それでもジェイのために訊ねた。
『人質だと言うのか?』
『近いうちに、向こうから接触してくる』
キリストを拝してジェイは断言した。
自分自身に、信じこませるように。