桜ふたたび 後編

『その上で、サインの練習でもしていたか?』

ウィルはクックッと喉を鳴らして笑うと、すぐに表情を引き締めた。

『新聞は〈ラ・ヴォワ・デュ・ノール〉、フランスノール県の地方紙だ。発行日は一週間前。
すでにニコが、ノール県内の小学校の名簿を当たっている。──どうする? 女を捕捉するか?』

ウィルの急く気持ちはわかる。
以前、寸でのところで逃げられ、吠え面をかかされたのだ。今度は逃がすわけに行かない。

しかし、そこに澪が監禁されている保証はない。
確実に保護できなければ、かえって危険だ。

『……今は泳がせる。動くのは、澪の安全を確認してからにしよう』

ウィルは承知と頷くと、ジェイの顔を覗き込んだ。
決断に迷いがある。
無理もない。事件後、ジェイはろくに睡眠をとっていない。気持ちが張っていなければ、とうに限界を迎えているはずだ。

『あとはこちらで動く。君は少し休んだ方がいい』

『いや。これからパリへ行く』

『パリ?』

ジェイは腕時計を見ながら、静かに言った。

『鴉を見つけた。エリゼ宮の友人の別邸に、逃げ込んでいた』

『まさか、会う気か?』

ウィルはあからさまに、反対を表情に出した。

『危険を冒して会っても、奴が素直に手の内を明かすとは思えない』

立ち上がりながら、ジェイは短く答える。

『届け物は、メッセージだ』

ウィルは胡乱な目を向けた。

『何の?』

ジェイは、振り返らずに言った。

『──悠長にゲームを楽しんではいられない』
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