桜ふたたび 後編

[それなのに──あなたはいつも、私の邪魔をする]

テーブルに綴られたジェイのフルネームが、同じ指先によって斜線に裂かれた。

[生まれながらにして全てを与えられた人間には、わからないでしょうね。どん底から這い上がり昇りつめ、ようやく手にしたものを、一瞬にして奪われる空しさが]

アランの唇に、黒魔術士のような病的な笑みが浮かんだ。嫉妬と憎悪に瞳は赤く染まっていた。

[ですからね、あなたにも教えてさしあげようと思いまして。──しかし、あなたは悪運まで強い。神に愛でられ、悪魔からも愛されるなど、罪深いお方だ。お捜しの小鳥にも、そのご加護が届けばよろしいですね]

ジェイは、最後の一滴のエスプレッソを口に含むと、然りげに言った。

[ジョージアの迷い犬を預かっている。メルとは、親友らしい]

いきなり席を立つジェイを、動揺の顔が追った。

[己の歴史など、また作ればいい。君がそれまでしてきたように。──過去にしがみついた時点で、君は負けだ]

そして、冷たい視線をアランに向ける。

[覚えておくといい。愛する人間に、代わりはない。君も盗まれないように気をつけるんだな]

太刀風のようにジェイが消えたドアを、アランは唇の端をひくつかせ、睨み続けていた。
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