桜ふたたび 後編

──ジェイ……。

瞼の裡に、ジェイの笑顔が浮かぶ。

京都の桜。嵐の東京。丘のパーゴラ。ローマの街。シープメドウ。泉岳寺のマンション。室戸岬。ジェノヴァの屋敷。
彼と過ごした日々は、すべてが優しく、美しかった。

生い立ちや、自ら犯した罪から、幸せをあきらめていた臆病な澪に、愛し方も、愛され方も、夢を見ることも、希望を持つことも、信じることの苦悩も歓びも、未来永劫に変わらぬ想いがあることも、彼が教えてくれた。

自分の人生を宿命と諦めるのではなく、すべてを受け入れ赦すことで、世界が変わるのだと、教えてくれた。

生まれてきてよかった。
あなたに出会えてよかった
あなたを愛せてよかった。

もう一度生まれ変わっても、またあなたに出会って、恋に落ちて、愛し合いたい。

──ああ、これが……愛なんだ。

もっとたくさん「愛してる」って言ってあげたかった。
もっとたくさん、抱きしめてあげたかった。
ジェイによく似た子どもを生んで、もっともっと幸せにしてあげたかった。

──ごめんね。あなたをまた、ひとりにしてしまう……。

アースアイが静かに笑った。
氷のような瞳の中に、オレンジのフレアが灯火のように揺れている。

──命より大切なあなたを、守ることができたなら、わたしは幸せです。

雪がやさしく体を包み込み、まるでジェイの胸に抱かれているようだった。
四肢の痙攣が止まり、背中がふわりと軽くなる。

目を閉じると、不思議な心地よさが訪れた。
遠くで、木菟が子守歌を唄っている。

そのまま死の眠りに引き込まれそうになったとき──

無言の空に、音がした。

エンジン音と、ローター音。微かに、だけど確実に大きくなっている。
< 266 / 270 >

この作品をシェア

pagetop