桜ふたたび 後編

澪は、虚ろな視線を空に向けた。

オーロラはますます激しくなり、Ω字型のピンクの羽衣となって舞っている。
まるで死の女王が、眠りの帷を降ろすように。

と、突然、森の上からヘリコプターが現れた。

黒い巨体がサーチライトを前後左右に振る。
強烈な光がスポットライトのように澪を照らし、彼女は思わず目を瞑った。

──逃げなきゃ……。

もうろうとした意識のなかで、澪は最後の最後の力を振り絞って、雪渓を泳ぐように這った。

それなのに、光は澪を捉えて逃さない。轟音は一層激しくなり、風圧で雪が砂嵐のように舞い上がった。

音と風の恐怖で、澪は耳を塞いでうずくまった。

「──!」

頭の奥で、ジェイの声がする。

「澪!」

呼ばれているような気がして、澪は顔を上げた。

ホバリングするヘリコプターの扉から、男が大きく身を乗り出して、必死に手を振っている。

「ジェイ……」

澪は無我夢中で体を起こすと、ふらふらとたちあがり、両手を差し出した。

──夢でもいい。幻でもいい。最後にもう一度だけ、その胸に抱かれたい。

ジェイは切羽詰まった形相で、口を大きく動かして叫んでいる。

「伏せろ! 伏せるんだ!」

その声は、羽音にかき消されて、澪には届かない。

『レオ、もっと下げろ!』

ジェイは絶叫した。

『やめろ、ジェイ!』

ウィルが、今にも飛び降りそうなジェイの体を必死に引き戻す。

『ニコに任せろ!』

「澪ーーっ!」

ジェイの悲痛な叫びを残して、ヘリコプターは急旋回した。

追うように振り仰いだ澪の視線の先──木立の間に、赤い髪の女が立っていた。
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