桜ふたたび 後編

3、ゆく夏の花火

「餓死する~」

夕餉の整った食卓に顎を乗せ、なずなが情けなく訴えた。
父の睨みに首を引っ込め、ジェイの姿にいきなりブラボーと跳び上がり、台所へスキップして行く。

「おげんね(恥ずかしい)ことじゃ」

客間での話をなかったかのように着座を勧める誠一に、なかなか手強いとジェイは心の中で苦笑った。

澪から聴き取ったとおりの人物だ。朴直で頑固。しかし聞く耳は持っている。そして情に厚い。澪と似ているが、常に海と命のやりとりをしてきた揺るぎない貫禄がある。

上京を伯父に反対されていると澪から訊いたとき、ジェイは埒もないことと呆れていた。
しかし彼らに会って、澪が躊躇する気持ちは理解した。
たった半年とは言え、ここで過ごした日々は、澪にとって穏やかで愛情に満ちたものだったのだろう。後足で砂をかけるようなまねは、彼女にはできない。

「お客様があっとは思うちょらんじゃったで、ないも用意をしちょらんで、こげんもんですみもはん。澪も先にゆてくれればよかとに、ほんのこて、こんこは肝心なことはゆわんやろう?」

春子のぼやきにも澪への愛情があって、ジェイは複雑な笑みを浮かべた。

「こちらこそ突然押しかけて、ご厄介をかけます」

「よかったねぇ、お父さん。晩酌のお相手ができて」

なずなは父の脇腹をくすぐるようなことを言ってから、

「あ、このナスもキュウリもトマトも、うちの畑でお母さんと澪ちゃんが作ったんです。こっちは、枕崎のローカルフード、びんたです。鰹の頭。まずは目玉から召し上がってください」

なずなは、突然の招かざる客に二の足を踏んでいた春子を、うまく丸め込んでくれた本日の功労者だ。スタジアムで会ったときから、敵愾心剥き出しで噛みついてきた悠斗とは違い、好意的だった。
陽性で屈託がない性質は、母親に似たのか。それとも、黒潮と花に囲まれたこの土地柄が人をそう育むのだろうか。

「まあ、お箸も上手に使うんねぇ。日本人みて」

「こんなかっこいい日本人なんていないよ、お母さん。後はお好きに食べてくださいね。手掴みで」

手掴みと言われ一瞬考え込むジェイの横から、澪は器用に魚を解体してゆく。

なずなはウフフと笑うと、

「ラブラブだね」

「おとなをからかわない」

澪は姉のような口ぶりで叱る。

なずなはエヘッと笑うと、徐に片手を挙げて、

「質問、いいですか?」
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