桜ふたたび 後編

2、スノーフレーク

雨はあがった。
空はまだ、薄雲に覆われているけれど、ところどころの雲の切れ目に、上空の水色の空がのぞいている。雲と空の間には、夕陽を映した雲が、水彩画のように浮かんでいた。

ここは松濤の大邸宅。
案内された芝庭には、いつくもの緑のパラソルが咲いていて、客たちがディナーを愉しんでいた。
左手にビュッフェワゴンがあり、シェフが肉を焼いているのか、白い煙が細く立ちのぼっている。

シャンパングラスを手にテーブルをまわり、談笑していた初老の男性がこちらに気づき、首を伸ばして手を挙げた。

「お忙しいところを、ようこそおいでくださいました」

ロマンスグレーの髪、上品でダンディーな顔立ちの彼は、この家のご主人、今夜の主役のようだ。

「お招きありがとう」

握手を交わすジェイの口調に、澪は目を泳がせた。

〝友人〞と呼ぶにはずいぶん年嵩の相手なのに、そこには尊敬も謙遜も見当たらない。
ジェイに儒教の礼節を期待することが、そもそも間違っていた。

ご主人は、穏やかな眼差しを澪に向けて、

「こちらの方が?」

「ええ」

挨拶しようと身構えた澪の背後で、大勢の学生に講義するような、落ち着いたよく通る声がした。

「いらっしゃい」

振り返ったジェイの瞳に、少し緊張が走ったように見えた。

「マダム、おめでとうございます」

古来からの作法のように、ジェイは差し出された手の甲に恭しく口づけする。

ダークゴールドの夜会巻きの女性は、グレース・ケリーを思わせるノーブルな美人。
年齢を重ねることが美徳と思えるほど、目尻の皺さえ気品を感じさせる。
ジェイの母親に似ていると感じたのは、彼女の圧倒的な存在感のせいかもしれない。
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