桜ふたたび 後編
【お話ししていたフィアンセです】

マダムは風が流れるように視線を動かした。

【スノーフレーク】

口角の上がった肉付きの良い唇から零れた言葉に、ジェイはフッと口元を緩めた。

「澪、こちらはミスター・サイトウとマダム・ネリィ」

「はじめまして、澪です。金婚式、おめでとうございます」

大きな花束を贈られて、ペールグリーンの瞳が聖女のように微笑んだ。

「白百合は一番好きな花なの。ありがとう、澪」

頬を寄せたマダムの首筋から、花と同じフレグランスが仄かに香った。

「私からは──」

「オー・メドック! それも五十年物。素晴らしい」

齋藤が感激の声を上げた。

オー・メドックと呼ばれるシャトー・ラフィット・ロートシルトは、最高ボルドー・ルージュと称されるフランスワインの最高峰だ。
シャトーのあるボーイヤック村は、ワイフと運命の出会いをした思い出の地なのだと、齋藤は懐かしそうに言う。ジェイのことだから織り込み済みだろう。

パーティーと聞いて、またVIPや華やかなタレントたちの集まりかと臆していたけれど、見る限りゲストは熟年の日本人夫婦ばかりで、談笑する姿は穏やかで和やかだ。

お陰でさほど緊張していない。ローマのカボダンノでトラウマになっていたけれど、ジェイと交際を続ける限り、苦手と言う理由でパーティーから逃れることはできないし、しばらくの間、壁の花に徹していればすむことと、開き直りに似た対処法も学習した。

先刻からジェイはマダムと話し込んでいる。ドイツ語の会話はずいぶんと深刻そうだ。
齋藤は新たなゲストの歓迎に向かい、澪はシャンパングラスを手にひとり、夜空の下のイングリッシュガーデンを眺めていた。

洒脱な会話に合いの手を入れるようにさわさわと梢が歌い、緑のフィルターに濾された風が日中の余熱を浚っていく。目と鼻の先では流行を追う若者たちが屯しているのに、ここは別天地のよう。

芝庭の周囲には中木類の茂みがあって、この季節はクレオメとクレマチスが花盛り。奥のローズガーデンでは、白やピンクの花々が薄闇に美しさを競い合うように咲き誇っていた。

──商事会社の元社長さんって聞いたけど、凄いお屋敷……。
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