桜ふたたび 後編
Ⅳ つり橋のふたり

1、嘘と真実

竹林の長い石段を登ってきた会葬者たちは、中門の前で一息つき、ハンカチで汗を拭った。
鬱蒼とした木立に包まれた境内には、甘く湿った微香が漂い、本堂から流れる読経が、しめやかに空気を揺らしている。
季節を越えた蝉が、逝く人を惜しむように鳴いていた。

焼香を終えた澪は、手をかざして空を仰いだ。
透き通るような青が目にしみて、涙がにじんだ。

会葬者の多くは喪主の関係者だろうか、年壮の男性が目立つ。皆、木蓮や青楓の葉陰を求めて、出棺の時を待っている。

受付用テントで記帳する横顔に、澪ははっと息をのんだ。

「……柚木さん?」

声をかけると、訝しげに振り返った顔が、たちまち柔らかな笑みへと変わった。

「澪……。体のほうは、もうええの?」

「はい、ご心配をおかけしました」

「そうか、よかった」

聞き難さを紛らすように、柚木は老松の木陰に澪の背を押しながら尋ねる。

「……彼、とは?」

あの冬の日、澪の心は砕ける寸前だった。

「……婚約、しました」

躊躇いとはにかみ。澪は、視線を合わせず答えた。
柚木は驚いたように瞳を揺らし、そして、微かに笑った。どこか寂しげで、それでも心から祝福するような笑みだった。

「そうか。ここで言うのは不謹慎やけど……おめでとう」

澪たちが佇む緑陰に、女性が二人、入ってきた。
扇子で心ばかりの涼をとりながら、蒼古とした本堂に遠い目を向けている。

「ほんまにええお母さんにならはって。最初見たときは、どこの人やと思うたわ」

「絹さん、なっちゃんのことでは相当苦労しやはったし、更生してくれて、ほっとしてはるんやない?」

「こない早うに亡くならはったんも、娘の業を引き受けはったんかもしれへんなぁ」

厭でも聞こえる会話に、澪は耳を塞ぎたくなった。
菜都には絶対に聞かせたくない。言われなくとも、彼女自身が誰よりもそう思っている。
< 64 / 270 >

この作品をシェア

pagetop