桜ふたたび 後編
Ⅳ つり橋のふたり

1、嘘と真実

苔生した山門をくぐり、竹林の長い長い石段を登ってきた会葬者たちは、中門で一つ息を整えて、入母屋造の本堂の白銀の瓦屋根に目を細め、手にしたハンカチで汗を拭く。
鬱蒼とした木立に覆われた境内には甘く湿った微香、本堂から流れるしめやかな読経、季節を越えた蝉が逝く人を惜しむように鳴いていた。

焼香を終えた澪は手をかざして空を仰いだ。青空が目に染みて、涙が滲んだ。

会葬者の多くは喪主の関係者なのか、年壮の男性が大半で、喪服の上着を脱ぎ木蓮や青楓の葉陰を求めて、出棺の時を待っている。ふと、受付用テントで記帳をする見覚えのある姿を見つけて、澪は思わず声をかけた。

「柚木さん?」

訝しげに振り返った顔が、とたんに眩ゆげな笑顔に変わった。

「澪、体の方はもうええの?」

「はい、ご心配をおかけしました」

「彼、とは?」

柚木は聞き難さを紛らすかのように、老松の木陰に澪の背を押しながら尋ねた。あの冬の日、澪の心は砕ける寸前だった。

「婚約しました」

はにかみながら答える澪に、柚木は一瞬瞳を揺らして、それから安堵した笑みを浮かべた。

「そうか。ここで言うのは不謹慎やけど、おめでとう」

ふたりの佇む緑陰に、近所の主婦だろうか、ひそひそ話をしながら少し距離を置いて入ってきた。扇子で心ばかりの涼をとり、蒼古とした本堂に遠い目を向けている。

「ほんまにええお母さんにならはって、最初見たときは別人やと思うたわ」

「絹さん、なっちゃんのことでは相当苦労しやはったさかい、更生してくれて歓んではるやろね」

「こないに早うに亡くならはったんも、娘の業を引き受けはったんかもしれへんなぁ」

厭でも聞こえる会話に、澪は耳を塞ぎたくなった。
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