桜ふたたび 後編
❀ ❀ ❀
ジェイは、思いもかけず難儀している。
座卓を挟んで相対しているのは、澪の両親と弟の悠斗。
澪が訪問の旨を連絡してから、すでに一時間以上が経っている。
相手にも心づもりはできているはずだから、婚約の報告だけして帰るつもりだった。
──いったい悠斗は、どんな説明をしたんだ?
スタジアムで、子犬のように吠え立てる彼から澪を奪い去ったことで、恨まれているのは承知していたが──。
「なに馬鹿なこと言ってるの! 悠ちゃんが〝大事な話〞って言うから待ってたのに、外人と結婚なんて、聞いてないわよ」
母親はこめかみに青筋立てて、澪へ眦を決している。
きれいな二重の目。エキゾチックな顔立ちで、南国の紅い花を思わせる情熱的な美人だ。
澪の母というには若く、プロポーションにも崩れがない。
澪は母親似だろう。だが、性格は全く異なる。
狭い空間をアートフラワーやパッチワークで飾り立て、安物の雑貨で溢れさせているのは、虚栄心と執着心が強いからだ。
不信感の塊のような目つきで、パーソナル障害の気でもあるのかもしれない。
父親は、怒るでもなく、狼狽えるでもなく、歓迎するでもなく、黙している。娘が連れてきた男の素性を尋ねることもせず、視線さえ向けない。
日本人にしては長身でがっちりした体躯だ。目がクリッとしていて口が小さく、童顔のせいか年齢不詳に見える。
悠斗は父親似か。
澪は小さく畏まって一言も発しない。伏せた睫の奥の瞳は、暗く濁り、何も映していない。
親の意向など端からどうでもいいことだが、このまま〝Touch-and-go〞で、澪にとって正解なのだろうか。
「だいたい、お正月に挨拶にも来ないで、勝手に枕崎に居候したかと思えば、勝手に東京に引っ越して。ほんとに何考えてんだか。
今日だって、何? その喪服は。髪まで切って、みっともない!」
──今、その話ではない。
「まあ、母さんも、ちょっとは澪の話も聞いてやったら?」
悠斗は姉思いだ。度を越してシスコンでもある。
「この子に話なんてないわよ。何聞いたっていつもダンマリなんだから」
「それは、母さんが頭ごなしに澪を責めるから──」
「あたしは澪のためを思って言ってるの! 何の取り柄もない、自主性も向上心も自尊心もない子は、親の言うことを素直に聞いていればいいんです。
いつも言ってるでしょう? 澪。あんたみたいな辛気臭い子は、人様に迷惑かけないように地道に努力して、手に職をつけなさいって。何を血迷って、結婚なんて言い出すのかしら」
──この口調でやられたら、澪は何も言えない。
こうして長い間、彼女は言葉を封じ込まれてきたのだろう。
ジェイは、思いもかけず難儀している。
座卓を挟んで相対しているのは、澪の両親と弟の悠斗。
澪が訪問の旨を連絡してから、すでに一時間以上が経っている。
相手にも心づもりはできているはずだから、婚約の報告だけして帰るつもりだった。
──いったい悠斗は、どんな説明をしたんだ?
スタジアムで、子犬のように吠え立てる彼から澪を奪い去ったことで、恨まれているのは承知していたが──。
「なに馬鹿なこと言ってるの! 悠ちゃんが〝大事な話〞って言うから待ってたのに、外人と結婚なんて、聞いてないわよ」
母親はこめかみに青筋立てて、澪へ眦を決している。
きれいな二重の目。エキゾチックな顔立ちで、南国の紅い花を思わせる情熱的な美人だ。
澪の母というには若く、プロポーションにも崩れがない。
澪は母親似だろう。だが、性格は全く異なる。
狭い空間をアートフラワーやパッチワークで飾り立て、安物の雑貨で溢れさせているのは、虚栄心と執着心が強いからだ。
不信感の塊のような目つきで、パーソナル障害の気でもあるのかもしれない。
父親は、怒るでもなく、狼狽えるでもなく、歓迎するでもなく、黙している。娘が連れてきた男の素性を尋ねることもせず、視線さえ向けない。
日本人にしては長身でがっちりした体躯だ。目がクリッとしていて口が小さく、童顔のせいか年齢不詳に見える。
悠斗は父親似か。
澪は小さく畏まって一言も発しない。伏せた睫の奥の瞳は、暗く濁り、何も映していない。
親の意向など端からどうでもいいことだが、このまま〝Touch-and-go〞で、澪にとって正解なのだろうか。
「だいたい、お正月に挨拶にも来ないで、勝手に枕崎に居候したかと思えば、勝手に東京に引っ越して。ほんとに何考えてんだか。
今日だって、何? その喪服は。髪まで切って、みっともない!」
──今、その話ではない。
「まあ、母さんも、ちょっとは澪の話も聞いてやったら?」
悠斗は姉思いだ。度を越してシスコンでもある。
「この子に話なんてないわよ。何聞いたっていつもダンマリなんだから」
「それは、母さんが頭ごなしに澪を責めるから──」
「あたしは澪のためを思って言ってるの! 何の取り柄もない、自主性も向上心も自尊心もない子は、親の言うことを素直に聞いていればいいんです。
いつも言ってるでしょう? 澪。あんたみたいな辛気臭い子は、人様に迷惑かけないように地道に努力して、手に職をつけなさいって。何を血迷って、結婚なんて言い出すのかしら」
──この口調でやられたら、澪は何も言えない。
こうして長い間、彼女は言葉を封じ込まれてきたのだろう。