桜ふたたび 後編
ジェイは思いもかけず難儀していた。

座卓を挟んで相対しているのは、澪の両親と弟の悠斗。
澪が悠斗に訪問の旨を連絡してから一時間は経過している。相手にも心づもりはできているはずだから、婚約の報告だけして帰るつもりだったのに、いったい彼はどんな説明をしたのか──。

「なに馬鹿なことを言ってるの!」

母親はこめかみに青筋立てて、澪へ眦を決している。
きれいな二重の目、エキゾチックな顔立ちで、南国の紅い花のように情熱的な美人だ。澪の母と言うには若く、プロポーションにも崩れがない。

澪は母親似だろう。だが、性格は全く異なる。
狭い空間をアートフラワーやパッチワークで飾り立て、安物のインテリアや小物で溢れさせているのは、虚栄心と執着心が強いのか。不信感の塊のような目つきで、パーソナル障害の気でもあるのかもしれない。

父親は、怒るでもなく、狼狽えるでもなく、歓迎するでもなく、黙している。娘が連れてきた男の素性を尋ねることもせず、視線さえ向けない。
ポロシャツから覗く腕は逞しく、日本人にしては長身でがっちりした体躯だが、目がクリッとしていて口が小さく、それゆえ童顔で三十代にも二十代にも見える。悠斗は父親似か。

澪は小さく畏まって一言も発しない。伏せた睫の奥の瞳は暗く濁り、何一つ映さない。

親の意向など端からどうでもいいことだが、このままタッチアンドゴーで澪にとっては正解なのだろうか。

「お正月に挨拶にも来ないで、勝手に枕崎に居候したかと思ったら、勝手に東京に引っ越して。今日だって、何? その喪服は。髪まで切って、みっともない!」

今、その話ではない。

「まあ、母さんも、ちょっとは澪の話も聞いてやったら?」

悠斗は姉思いだ。度を越してシスコンでもある。

「この子に話なんてないわよ。何聞いたっていつもダンマリなんだから」

「それは母さんが澪を責めるから──」
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