まじないの召喚師3



「え?」



泥で汚れたアンティークドレスが、かろうじて糸で繋がった手が、完全に外れて砕けた脚が、生首が。

何分割かに壊された人形が、浮かび上がる。

光の消えた虚な瞳には、月の光も映らない。

素人の下手くそな操り人形のように、カクカクと動き、あらぬ方に曲がり、絡まり、止まる。



「アハハハハハハハハ!」



「ヒイイィィィィ!」



いきなり笑い出した人形に、私は悲鳴をあげて、皆弾かれたように飛び退いた。

鈍臭い私は脚が絡まって尻餅をつく。

三流のホラー映画のように迫り来る人形。



「そこまでだ」



衝撃を覚悟し、顔を逸らした私を庇うように、人影が割り込んだ。



「……………」



無音になり、恐る恐る目を開ける。

夜の海色の髪と同じ色のロングコートを纏った彼。

長身のスサノオノミコト越しに見える銀髪のバラバラ人形は、シャボン玉に閉じ込められたように水の膜に包まれていた。



「……………」



水の中で人形の口はカタカタ動いているが、声は届かない。

救いを求めるように伸ばされる手のひらも、水の膜を突き破って来なかった。


振り返ったスサノオノミコトの背中にバラバラの人形が隠される。

紳士的に差し出された彼の手をとると、引っ張り上げられ、そのまま抱きしめられた。



「ぁ、の…………」



「……………」



「………………ぁ」



スサノオノミコトの腕の中で、私は自身が震えていることに気づいた。

脚も力が入ってなく、地につきながらも崩れそうなところを腰に回った手に支えられていた。

見上げた彼の顔は一見すると無表情ながらも穏やかで、幼子をあやすように背中を規則正しくたたいてくる。

私はゆっくりと足を地につけ、徐々に体重をかける。

両足できちんと立てた実感がわいてくると、スサノオノミコトは私から体を離して背を向ける。



「主に向かって、何をやっている?」



スサノオノミコトが低めの声で問う。

水を割って虹を作ったツクヨミノミコトは、空洞の見える顔でからからと笑う。



「いやー、面白くなっちゃってねえ」



「理由になっていない」



「身体がバラバラになるんだよ? 滅多にない体験、楽しまないと」



そう言って、バラバラの四肢を飛び回らせる。

近くを通られた柚珠が悲鳴をあげた。



「十分満足したはずだ」



「スサノオくんに私の気持ちを決められたくはないな」



「満足したはずだ」



「私の話を聞いていたかい?」



「満足したはずだ」



「あーもーしつこいなあ。わかったからその顔をやめなよ。月海に嫌われるよ」



「…………そうか」



私に嫌われるような顔ってどんな顔だろう。

好奇心が首をもたげるが、触らぬ神に祟りなしだ。

スサノオノミコトの壁を左右に分かれて突破したツクヨミノミコトは、襟巻きのように私の肩に乗った。

頭は右で、もげた手脚は左にぶら下がる。

怖いんだが。

振り向いたスサノオノミコトの目に映る私は、さぞ絶賛呪われ中だろう。



「うらめしやー」



「そういえばお腹空きましたね」



右側から軽い調子で放たれた呪いの言葉は、恐怖や緊張を弾き飛ばし、私のお腹の虫を鳴らす。

恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをしてから、適当な話を振る。



「ツクヨミさん、嫌われ役、お疲れ様でした」



「なんのことかな?」



「なんのことでしょうね」



特に意味はないので、意味を求められても困るのだが。
いじっぱりな友人に合わせて、笑って流すことにした。

先ほどまで、ご飯の用意をどうしようか頭を悩ませているところだった。

だが、料理担当火宮桜陰が戻った今、その心配は解決。

その日は、ツクヨミノミコトの予言通り、皆で蟹と肉を美味しくいただいた。






後日、先輩に預けていたツクヨミノミコトが返される。

外れた手脚も、ひび割れた顔も、先輩によって新品と見紛うほどに修理されたうえに、衣装もクラシカルロリータから大正モダンを現代風にアレンジした和装に変わっていた。

続いて、深い青の軍服を纏ったスサノオノミコトが一回転し、短めのマントを翻す。



「気に入った」



「よかったですね、スサノオさん。先輩、ありがとうございます」



「ついでだ。気にすんな」



「先輩に裸を見られた」



きゃっ、と可愛らしい悲鳴をあげて頬を染めるツクヨミノミコトに、私は冷めた目を向けたのだった。







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