月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 案内を終えて、彼女は立ち去った。
 ノックをすると、どうぞ、と返事があった。
 社長室だった。
 高層ビルの最上階に、それはあった。
 中に入ると、広く大きな窓から青い空とせわしない街中が一望できた。
「いらっしゃい。薬は飲んできた?」
 笑うようないつもの声音。
「飲んできたけど」
 ぶわっと甘い芳香が漂う。
 頭の芯がくらっとした。
 慌てて紙袋からガスマスクを出して頭にかぶる。
 朔はあっけにとられたあと、ゲラゲラと笑った。
「君ってそんなユニークな人なんだ?」
 腹を抱えて、呼吸すら苦しそうに、朔は笑う。
 華凛はむかっと腹を立てた。誰のせいだと思うのか。
 呼吸がしづらいだけで、きちんと防御できているのかどうかもあやしい。
「笑いごとじゃないわよ! あなたのせいで婚約破棄されたんだから!」
 華凛は怒鳴りつける。
「へえ、そうなんだ」
 ゆらり、と荒い息の朔が近寄ってくる。
 思わずあとずさる。背が壁に阻まれる。
「なんで俺のせいなのか、いまいちわからないけど」
 そんなの、華凛にだってわからない。
 だけどきっとこの男のせいに決まっているのだ。
「やつあたりかな?」
 ぐ、と言葉に詰まる。
「じゃあ俺と結婚したらいい」
 華凛はまた頭がくらくらした。
「オメガなんて大嫌い!」
 耐えかねたように、華凛は叫ぶ。
「君もオメガ差別?」
「アルファだって差別されてるわ!」
 足ががくがくと震えた。
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