月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 急に恐怖が蘇ってくる。
 どうして私は1人でここに来てしまったんだろう。
 目の前にいるのはオメガで、男なのに。
「アルファでも女っていうだけで下に見られて、オメガと変わらないわ!」
「オメガの目の前でそれを言うの? アルファの君が?」
「オメガよりマシだったとしても私が酷い目に遭った事実は変わらない」
「それはそうだけど」
 彼はすっと腕を伸ばした。その手で彼女の防毒マスクをはずす。
 涙をにじませた目が、彼を見た。
 またいっそう甘やかな香りが彼から放たれる。
 強い薬を飲んできたのに、これではいつまでもつかわからない。
 逃げなくては。
 そう思うのに、足に力が入らない。
「若いころから、俺も何度も襲われたよ。未遂だったけど。怖かった」
「だからって、私に何をしてもいいわけじゃない」
 彼女は震える。
「俺のことも怖い?」
「無理矢理キスしたくせに」
 華凛は朔を非難する。
 呼吸が荒くなる。苦しい。
「それは悪かった。謝る」
 彼女は許す気になれない。こらえきれない涙があふれて、頬を伝う。
「オメガの男に襲われたこともあったのよ。中学生のときだった。襲われる恐怖をお前も思い知れって。その人、アルファに襲われたことがあるんだって言ってた。でも私が襲ったわけじゃないのに」
 彼は結局、自分より弱いものに牙をむく卑怯者だ。当時のボディーガードに守られ、彼女は無事に保護された。が、犯人は結局捕まっていない。
「子供のころ、知らないおじさんに首を噛んでって言われた。怖かった」
 まだ小学生のころ、アルファが判明する前のことだった。
 公園で友達とかくれんぼをしていたとき、知らない40すぎのおじさんに声をかけられ、首を噛んで、と優しく言われた。
 その意味がわからないまま、恐怖で拒否した。
 おじさんは怒って彼女に噛みつくように怒鳴りつけた。
 彼はどうしてだか彼女をアルファと見破り、まだ幼い彼女と番になろうとしていたのだ。アルファと番になればその恩恵にあずかれると思って。
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