月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 その何かに引き寄せられ、屈しそうになりながら、華凛は答える。
「結局それは愛じゃない。欲望だわ」
 見えないなにかに耐え、弱々しく彼を押し返す。
 彼もまた何かに耐えながら、その体を彼女から離す。
 だん、と大きな音を立てて彼は壁に頭をぶつけた。
「行ってくれ」
 壁によりかかり、彼女に背を向けて彼は言う。
「早く」
 華凛はのろのろと歩き出す。
 後ろ髪がひかれている。
 だが、振り返ってはならない。
 部屋を出てドアをパタンとしめると、激しい疲労が彼女を襲った。
 まだだ。
 まだ、この建物から離れるまでは。
 重い体を動かして、よろよろとエレベーターへ向かった。

 ビルを出てしばらく行ったところに小さな公園があり、ベンチがあった。
 彼女はぐったりとそこに座る。
 自販機で買った缶コーヒーを開けるのもおっくうだ。
 でも、飲まなくては。糖分とカフェインを補給して、動かなくては。
 うまく力が入らない手で開け、ひと口飲む。
 甘ったるい。
 震える腕を上げて、ごくごくと飲んだ。
 動きたくなかった。
 タクシーを呼ばないと。
 そう思うものの、手を動かすのもおっくうだ。
 もう少し休んでから。
 華凛は周囲に気を配りながら、ベンチに力なく座っていた。

 30分ほどは休憩していただろうか。
 頭の奥の甘いしびれは薄まったが、頭重感と倦怠感はまだあった。
 体調が悪化したので帰ります、と秘書にメッセージを送った。
 いつも社長は無理しすぎです。お大事に。と返ってきた。
 いい人が秘書で良かった、と華凛は思った。
 重い体を叱咤して立ち上がった彼女の前に、女性が現れた。
< 21 / 45 >

この作品をシェア

pagetop