月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 女のアルファは初めてなのよね、と華凛の首筋を指でなぞる。
 びく、と華凛はのけぞった。
「効いてはいるみたいね」
 受付嬢は首筋を華凛に見せつける。
「ほら、噛んで」
 無防備にさらされるうなじ。
 噛みつきたい衝動にかられる。
 まるで暴力だ。
 本能を誘発させ、華凛の心を理不尽に捻じ伏せようとする。
 嫌だ。
 華凛は必死で顔を背ける。
 目を閉じて口を閉じるのが精いっぱいの抵抗だった。
「ホテルに行けば素直になるわ」
 立ち上がる女に手を掴まれ、引っ張られる。
 朔のフェロモンに耐えた疲労が華凛を弱くしていた。
 ずるり、と落ちるようにベンチから引きずられる。
 そのまま手を引かれてふらふらと歩く。
 大通りに出た彼女が、タクシーを呼ぼうと手を上げる。
「華凛!」
 名を呼ばれると同時に、強く甘い芳香が彼女の鼻を刺激した。
 どきん、と心臓が大きく脈うつ。
 瞳孔が開く感覚がはっきり分かった。
 全身に鳥肌が立つ。
 声のしたほうを見ると、数人の警備員を連れた朔がいた。
「ダメ! 社長を汚さないで!」
 女は華凛の手を強くひっぱる。
 それをふりほどいて華凛はすぐさま彼にとびつく。
 本物だ、と脳裏にひらめく。
 本物だ、本物だ、本物だ。
 歓喜が全身を貫く。
 どこが好きなんて考える(いとま)はない。全身が、魂が、彼を求めている。
 ああ、私は彼に出会うために生まれた。
 どうしようもなく震える。
 涙が浮かぶ目で朔を見る。
< 23 / 45 >

この作品をシェア

pagetop