月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 苦笑して見上げると、まっすぐな彼の瞳と視線がぶつかった。
「完全じゃないのよ。アルファなのに。ずっと言われて来た」
「君も苦しんできたんだね」
 言われて、涙が浮かぶ。
「恵まれているとか、アルファなんだからとか、ずっと言われて来た。アルファにしてはレベルが低いとか、アルファだからできて当然だとか、そういうのも苦しかった。どれだけ努力しても、アルファだから当然だって」
「俺もだ。オメガなのに、オメガだから。何かを成し遂げるたび、失敗するたびに言われてきた」
 人をカテゴリに当てはめ、苦しめる呪縛。
「2人だけのときくらい、そんなことは忘れよう」
 優しく包む声に、思わず手を伸ばす。
 その手を、彼は掴む。
 ベンチに置いていた2つの缶コーヒーが落ちた。地面に濃さの違う茶色が広がり、混じり合う。
「愛してる」
 彼は囁きとともに華凛を抱きしめる。
 海風が2人の間を優しく吹き抜ける。
 番う前の運命の番であるならば、薬で抑えていても微量のフェロモンが朔から出ているはずだ。が、それは常に海風が流してくれている。
 華凛は迷う。
 この心を信じていいのだろうか。
 この胸の熱情を。
 本能などではなく、ちゃんと心が彼を求めているのだと。
 華凛は潤んだ目で朔を見上げる。
 彼の顔が夕陽に赤く照らされている。
 波の音が無言の2人を包みこむ。
 朔の顔が近付いてきて、華凛は目を閉じた。
 唇が触れる。
 そのまま彼の舌が唇を割り、舌をからめとる。
 力が抜けそうになり、必死に彼にしがみついた。
 彼は丁寧に彼女を愛する。いつかの激情に支配されたキスではなく、愛を伝え、浸透させていくようなキス。口腔をくすぐり、歯の付け根を愛撫し、舌をからめる。慈しみ、抱きしめるように。
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