月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 やがて唇が離れても、その余韻は華凛に心地よく残った。
 陶然と朔を見つめる。
 波の音が耳をくすぐる。
 夕陽に照らされた波の黄金の輝きが、空気すらもきらめかせている。
「結婚しよう」
 彼は真剣な目を彼女に向けた。
 華凛は現実に引き戻されて青ざめた。
「ダメよ」
 華凛の即答に、朔は戸惑う。
「なぜだ」
「裏切りだから」
 答える声は震えていた。
 婚約破棄された直後にプロポーズを受けるなんて。
 彼女の無意識の翻意をさとっての破棄だったのかもしれない。
 ならばやはり晟也に対する裏切りだ。自分の恋心に対する裏切りでもある。
 幼いころは淡い好意でしかなかった。
 成長するにつれてそれは恋心となり、いつしか2人はお互いを思い合い、婚約者となった。
 胸が、心臓を握りつぶされているかのように痛い。
 あの十数年はなんだったというのか。
 運命という名前をつければ、こんな簡単にひっくり返すことが許されてしまうのか。
 自分はそれを許してしまうのか。
 あの思いを、日々を、裏切ってしまうことになるのではないのか。
「裏切りなんかじゃないだろう。先に婚約破棄されていた」
「周りはそうは思わないわ。アルファとオメガが、本能に振り回されて婚約破棄の上に略奪って」
 週刊誌のタイトルが目に浮かぶようだ。華凛は大会社の娘だ。朔は今をときめくオメガの社長。その2人のスキャンダルに、どれだけ大衆が喜ぶか。娯楽として消費される彼女たちの葛藤と愛。アルファを妬む人によるバッシング、オメガを蔑む人からの誹謗中傷。
「俺はそんなこと気にしない」
「ダメよ。私たちは会社を背負っているのよ。評判が落ちて売上が落ちれば社員の生活に響くわ」
 どこまでも人のことを考える華凛に、朔はため息をついた。
 失望させてしまったのか、と華凛は怯える。だが、社員のことを考えるとこれは引けない。
「待つよ。どれだけ待てばいい」
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