月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 遠ざかる音に耐えきれなくて振り返ると、もう車の姿はなかった。
 華凛は自身の唇にそっと触れる。
 彼とのキスは甘かった。なのに今は胸に苦味が広がる。
 大丈夫、と彼女は思う。
 この思い出があれば頑張れる。
 彼女の頬を涙が伝う。
 門灯が彼女を照らし、暗く影を落としていた。

 朔から連絡が来たのは、それから1週間後のことだった。
 スマホは彼からの連絡をブロックしているから、会社に連絡が来た。
 連絡をうけた秘書は、戸惑いながら華凛に告げた。
「今夜、話があるから来てほしいそうです。会社の命運を左右することだから必ず来てくれ、とのことです」
 やられた、と華凛は思う。
 会社を理由に求婚を断った。
 そのせいで、会社を盾にすれば華凛が動く、と学習されてしまった。
 朔のニヤニヤ笑いが目に浮かぶようだった。
 自分では身を守れないと事実を受け入れて、華凛はボディーガードを再任していた。
 遠田静佳(おんだしずか)、30歳すぎのベータの女性のボディーガードだ。口数が少なく、無駄なことをしない。
 久しぶりに会った彼女は、再会を喜んでくれた。
「本来は喜んではいけないのでしょうけど、またお会いできてうれしく思います。あなたのガードをできることは私の誇りです」
 静佳の言葉は素直にうれしかった。
 ガードしたくない人物もいる、と彼女から聞いたことがある。
「今日はまた大変な相手だから」
 眉を上げた静佳に、ため息のように告げる。
「オメガの男性なの」
 彼女がオメガの男性を苦手としていることを、静佳は知っている。
「しっかりガードいたします」
 華凛は胸を張って答える静佳を頼もしく思った。
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