月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
「嫌……」
 直後、恐怖が彼女を支配した。
「これは……」
 晟也が腕で鼻と口を覆う。
「オメガだ」
「オメガの匂いだ」
 アルファだらけの会場がざわつく。
 華凛ははっと我に返る。
 ダッシュで駆け付け、朔の手をつかんで走り出した。
「こっちへ!」
 ハンカチで鼻と口をふさいで、彼女は走った。朔は黙ってついて走る。
「華凛! どこへ!」
 晟也はすぐさま追いかけようとするが、混乱する人垣に阻まれた。
「オメガを探せ!」
「オメガ!」
 予防薬を服用していなかったのか、理性をなくし、騒ぎたてる者たちがいた。
 晟也はなすすべもなく、消える2人の背を見送った。

 華凛はフロアの端まで走り、非常階段の扉を開けて出た。
 外階段があった。
 冷たい夜風が吹く。
 華凛は風上に立ち、新鮮な空気を胸いっぱいに吸う。
「間に合った」
 ほっとして呟く。
「すまない」
 朔が息を切らしながら謝った。
 華凛は風上側を数段のぼり、彼と距離を取った。それでもまだ甘い香りが彼女の鼻腔をくすぐる。予防薬を飲んできたのに血が騒ぐ。
「抑制薬、飲んでこなかったんですか?」
「飲んできた。本来のヒートの期間でもない」
 彼は苦しそうに答え、ぐったりと手摺にもたれかかった。
 発情、ヒートだ。
 華凛にとっては恐ろしいものだ。
 オメガではあっても彼は男性で、自分は女性。
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