月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 発情したオメガの男性に襲われかかったことは何度もある。彼女には恐怖の対象だ。
 だが、オメガもまた襲われることのある性だ。あのまま放置してはフェロモンに侵されたアルファが彼を求め、会場が大混乱になっただろう。
 だからここへ引っ張りだした。何かあったときに自分が避難するために目を付けていた場所だった。
 新月が近く、月は細かった。
 海風が間断なく吹き、潮騒が穏やかに届く。
「じゃあ、私は帰るので」
 彼の前を横切り、戻ろうとしたとき。
「待って」
 彼にその手を掴まれた。
 びり、とまた電流が走る。
 怯えて振り返る。
「君、俺の運命の番だ」
 華凛はさらに怯える。
 彼の熱に浮かされたような目、その声。
 何度も見たことがあった。
 運命の番を騙って彼女を手に入れようとするオメガたち。
「やめて。離して」
「無理だ」
 そのまま引っ張るように抱き寄せられ、彼女は唇を奪われた。
 不思議と、抵抗できなかった。
 そんなことは初めてだった。
 甘い香りが頭いっぱいに広がる。
 嫌だ。やめて。
 そう思うのに、彼の唇が、舌が、ほろほろと彼女の理性を崩していく。
 彼女を激しくかきまぜる感触にうっとりと身をゆだねる。
 溶けて行くのが自分でもわかる。ただ彼と溶け合いたい。衝動は意識を侵食し、何も考えられなくなる。ただただ甘く甘くとろけていく。
 ああもっと触れて。私を欲して。
 腕が彼をかきいだく。
「華凛!」
 叫びとともに非常扉が開けられた。
 朔が唇を離した。
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