月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 社長を守るためですから。
 警察の取り調べで、彼女は胸を張ってそう答えたそうだ。
 そんな理由で襲われるなんて、華凛は思ってもみなかった。
「もうそんな人物が現れないように、形を整えておく必要がある」
 朔が言う。
 続く言葉を待たず、華凛は思わず席を立った。
 暗い気持ちで暗い窓の外を見て、彼女は驚いた。
「光ってる……」
 暗い海の中、波がうねるたびに青い光が走った。
「夜光虫だな」
 隣に来た朔が、窓を開けた。
 2人でベランダに出る。
 心地よい夜風が吹いていた。
 空には零れそうなほどに星がきらめいている。
 その下に広がる黒い海。とめどなく押し寄せる波頭が、やわらかく青白い。
「運がいい。いつでも見られるわけじゃないから」
 夜光虫はプランクトンの一種だ。見られるのは春から夏にかけて。
 気温も海水温も高く、風と波が穏やかな時に見られるという。
 蛍ように求愛のために光るのではなく、物理的な刺激で発光する。
「聞いたことはあるけど、初めて見たわ」
「俺もだ」
「月がないわ」
 空を見上げ、華凛は言う。星明りだけがさやかに海を照らす。
「そういえば、今日は新月だ」
「朔、あなたの名前ね」
「そうだ」
「新しく一歩を進む名前ね」
「両親はそう願ってくれたらしい」
 月が生まれ変わる夜。
 2人が1歩を進めた。
 新しい2人が始まるのだ。
 幾重にも重なる波が、落ちるたび青銀に光り、消える。そしてまた光る。
 静かな波の音だけが、幽玄とともにあった。
 ふいに、隣に立つ朔が彼女を彼のほうに向きなおらせた。
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