月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
「そのままでしょう。オメガだったら婚約破棄されずに、つらい思いをしなくてすんだのに、って」
 華凛は目をさまよわせた。が、母が趣味で集めたアンティークの置物や白い壁が目に入るばかりだ。彼女の求める正解が壁に書かれているわけがない。
「落ち着きなさい。今日挨拶にきたオメガの男の人、やり手なんでしょう? すぐにお父さんを懐柔してくれるわよ」
「懐柔なんかされんぞ」
 気が付くと、寝巻にガウンを羽織った父が入口に立っていた。
「俺は認めんからな。お前を幸せにするやつ以外は」
 華凛は唖然として父を見る。父の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「ありがとう」
 顔は自然にほころんでいた。
「なんだ急に」
 居心地悪そうに、ぶっきらぼうに言う。
「だって。私、こんなに不出来なのに、大切にしてもらえて」
「お前は不出来ではない」
「だけど」
「だけどとかだってとかやめろ。人を不快にさせるぞ」
 う、と言葉に詰まり、華凛は口を引き結ぶ。
 気まずそうに視線を泳がせ、父は大股で歩いていって母の紅茶を奪うようにして飲んだ。
「言ってくれたら淹れるのに」
 母が文句を言ってカップを取り返す。
「お前が無能だったら会社を任せてはいない」
「でも、私が輸入激減で困ってたとき、解決できたのは人に助けられたからだったわ。それだけじゃない、いつも人に助けられてばかり」
 また「でも」と言ってしまった、と華凛は自分の失敗を悟る。
「愚かなことを」
 父があきれたように言い、華凛は身をすくめる。
「助けてくれる人がいる人脈を作ったのはお前の功績だろう」
 華凛はぽかんと父を見た。
「そもそも社長なんて助けられてなんぼだろ。会社員のすべての労働に支えられている。助けられていない日なんてない」
 確かにその通りだ。そんなあたりまえのこと、なんで忘れていたんだろう。
「社長が社員を助けるんじゃない、社員が社長を助けているんだ」
 念を押すように、父は言った。
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