月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 華凛は呼び掛けに反応せず、虚ろに朔を見つめている。
 離れた唇を戻そうと、ゆるゆるとその手を伸ばす。
「華凛!」
 再び叫んだ晟也は華凛を抱き寄せ、激しく朔を睨み付けた。が、直後、動揺する。
「お前は……」
 晟也がうめく。
 朔は晟也にニヤリと笑って見せた。
「また近いうちに会うことになるだろうな」
 晟也は答えず、華凛をつれて扉を閉めた。
 残された朔は、海を見て呟く。
「やっと会えた、俺の番……」
 眼下には夜の海が見えた。真っ黒な波が寄せる中、波頭だけが、細い月の頼りない明かりを反射して白くきらめいた。

 晟也は華凛とともに迎えの車の後部座席に乗り込み、息をついた。
 華凛は静かに涙を流している。
 フェロモンに精神を翻弄された反動だ。
 晟也はその頭を抱くようにして自分にもたせかける。
「ごめん」
 華凛の謝罪は暗く車の床に落ちた。
「君はみんなを助けたんだ」
 そのつもりだった。会場のアルファもオメガの彼も助けようとした。結果、彼女は唇を奪われた。晟也の婚約者だというのに。
 華凛の頭を撫でる。幼子を慈しむように。
「被害届を出すか?」
 びく、と華凛は体を震わせた。
「嫌……」
 オメガが意図しないフェロモンの放出でアルファに襲われる事件は年に何度か報道されている。
 だが、一方でオメガが意図的にフェロモンを放ってアルファを誘って襲わせる事件は立件されないことが多く、人権団体からの攻撃の的にもなりかねない。
「だよな。ごめん」
 彼は彼女の額にくちづける。
 それでようやく安心したように、彼女は大きく息を吐き、言葉を吐き出した。
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