宝来撫子はマリッジブルー
第八話 縛られない気持ち
◯土手からすぐの道路。
撫子の腕を引っ張り、車まで連れて行く宗大。
撫子は抵抗しているが、宗大の力には敵わない。
撫子「帰りたくないのよ!離して!」
宗大「何言ってるんだ!お前のわがままで、家族に迷惑をかけるなよ!!」
撫子「!!」
〈傷ついた表情をする〉
撫子(これって、わがままなの?)
(私は私の人生を大切にしたいだけだわ)
見かねた柊が、撫子を引っ張る宗大の腕を掴む。
柊「あの、事情はわかりませんが、そんな強引なことをしないであげてください」
宗大「……きみには関係ないんだ。事情も知らないくせに、引っ込んでいてくれよ」
撫子「ちょっと、兄さん!柊くんにさっきから失礼よ!!」
宗大「……とにかく帰るぞ、撫子!」
撫子をひょいと抱きかかえる宗大。
撫子「!?何するのよ!!やめて!!」
〈真っ赤になる〉
恥ずかしさからバタバタと抵抗するが、車の後部座席に放り込まれる撫子。
宗大は「家まで、急いでくれ」と、宝来家で雇っている運転手に伝えて、自分も車の後部座席に乗り込む。
撫子は体勢を整えて、車の窓を急いで開ける。
撫子「柊くん!」
柊「はい」
撫子「今日はごめんなさいっ、でも、楽しかったです!!ありがとう!!」
柊は撫子にニッコリと微笑んで、「またバイトで!」と、片手をあげる。
そんな柊に少しホッとする撫子。
車が走り出しても、窓から出来るだけ柊を見つめている撫子。
◯車の中。
宗大が不機嫌そうに、「シートベルトくらい、しめろよ」と、撫子に声をかける。
撫子「今、そうしようと思ったところよ!」
〈トゲトゲしく言い返す〉
ため息を吐いた宗大に、イライラが積もる撫子。
宗大「撫子、お前のためだよ」
撫子「……は?何が!?どこが!?」
宗大「彼氏なんか、何の意味もない。別れたほうがいい」
撫子「彼氏じゃないわ」
宗大「……それなら、尚更だよ。忘れたほうがいい」
撫子はイライラが頂点に達する。
撫子「何よ!!やめてよ!!私は、私の気持ちが大事よ!!あんな婚約者、好きじゃないのよ!!」
宗大も眉間にシワを深く刻んで、撫子を睨む。
宗大〈声を張って〉「だからっ!お前は馬鹿なんだよ!!」
撫子「はぁっ!?」
宗大「考えたらわかるだろ!!もう、お前の気持ちがどうこうじゃないんだよ!!」
撫子「!!」
宗大は深く「はぁ〜っ」と、ため息を吐く。
そんな宗大を呆然として見る撫子。
宗大「彼のことが他の家族や、早乙女家にバレてみろよ、潰されるのはお前の気持ちだけじゃない。彼……、柊くんが潰されるんだ!」
撫子は「そんな……っ!」と、言葉を切って、あることに思い当たる。
撫子(おじいちゃまも言ってたじゃない)
(『全力で潰してやる』って……)
撫子「……兄さん」
宗大「何だ?」
撫子「……もう、他に手立てはないの?」
宗大「……」
黙って、撫子の頭をポンッと撫でる宗大。
ウルウルと涙目になる撫子。
撫子(嫌よ)
(諦めたくないわ)
(でも……)
〈涙がポロポロ流れ落ちる〉
(どうすればいいのか、わからないわ)
◯宝来邸の応接間。
既にやって来ていて、ソファーに脚を組んで座っている拓磨。
撫子が応接間に入り、お辞儀をする。
拓磨「今日の約束のこと、忘れていたんですか?」
撫子「いいえ」
拓磨「それなら、僕との約束は最優先に考えてください」
露骨に嫌な顔をする撫子。
拓磨「素直な人ですね」
撫子「褒め言葉だと受け取っておきます」
拓磨〈嫌味に笑った顔で〉「自信過剰なところ、嫌いじゃないですよ」
撫子〈ますます眉根を寄せて〉「嫌味は嫌いです」
拓磨「はっはっはっ、思ったより賢い人で安心しました」
撫子(あ゛ぁーーーっ!!!キラーーーーイッ!!!)
拓磨は脚を組み直し、膝のところで両手を組んで置く。
拓磨「あなたに話があるんですよ」
撫子「……」
〈不機嫌なまま、腕を組む〉
拓磨「単刀直入に言います。アルバイトを辞めなさい」
撫子「!」
拓磨は顔色を変えずに続ける。
拓磨「あなたは早乙女家に入るんだ。そんな人間がアルバイト?……はっ、ふざけるにも程がある」
撫子「ど、どうして!?別にいいでしょう?」
拓磨「困るんですよ、早乙女コンツェルンの品位に関わる」
撫子「ひ、品位……」
拓磨「そんなにお金が欲しいなら、僕がいくらかお小遣いを渡しますよ。未来の妻になら、それくらいどうってことない」
撫子「い、嫌よ!!馬鹿にしないで!!」
拓磨の表情が険しくなる。
その表情にビクッとする撫子。
拓磨「馬鹿にしているのは、あなたのほうだ。アルバイトなんかして、我が家を貶めていることに気づかないのか!」
撫子「どうしてそんなに責められるのか、私にはわかりません!」
拓磨「……話にならないっ!」
〈やれやれ、という感じで首を横に振り、おでこに手を当てている〉
撫子は両手を握りしめて、俯く。
撫子(この人のこういうところ、マジで大嫌いよ)
(どうしてそんな物言いなの!?)
(自分だけが正しいと思っているのかしら)
撫子「……胸くそ悪いわ」
〈吐き捨てるように呟く〉
拓磨「何?」
撫子「アルバイトは辞めません。あなたの思い通りになるつもりなんか、これっぽっちもないのよ」
拓磨〈苛立った顔つき〉「……」
両者引き下がらず、睨み合う。
拓磨「……この間、一緒にいた男が関係しているんですか?」
撫子「!?」
拓磨「子どものままごとのようだと、放っておくつもりだったけれど」
撫子「……彼は、関係ないですっ」
拓磨「そうですか?親しそうでしたよ?」
真っ青になる撫子。
撫子(柊くんが危険にさらされる……!)
撫子は深呼吸する。
そして、きっぱりとした口調で、「何を言ってるんですか?彼はただのバイト仲間よ」と言う。
撫子(嘘でも苦しいわ)
(こんなこと言いたくない)
撫子「あんな人、好きじゃない」
撫子の目に涙があふれる。
拓磨「!」
撫子はごしごしと涙を拭う。
拓磨「だったら、これ、彼に聞かせてもいいですよね?」
〈言いながら、スーツの胸ポケットから小型の録音レコーダーを取り出す〉
拓磨が再生ボタンを押す。
撫子の声で、『あんな人、好きじゃない』という言葉が再生される。
撫子「……あなた、思っていたよりクズね」
〈拓磨を睨みつける〉
拓磨「どうとでも思いなさい。僕だって、あなたのことなんか好きじゃない」
撫子「……!?だったら、婚約はなかったことに……!」
拓磨「あなたに興味はないけれど、宝来堂の技術や経営には興味があるんですよ」
撫子「……っ!!」
◯翌日の放課後、スーパーマーケット「ぜんきち」の休憩室のドアの前。
そっとドアを開いて、中をのぞく撫子。
撫子(柊くん、いるかしら)
(確か柊くんのバイト時間って、今日は私より少し遅めに始まるはず)
しかし休憩室には誰もいない。
残念な気持ちで、ドアを閉めて回れ右をすると、鼻先が何かにぶつかった。
撫子「わっ!?ご、ごめんなさいっ」
誰かにぶつかったとわかり謝る撫子が顔を上げると、「大丈夫ですか?」と、柊の声。
柊「オレこそごめんなさい」
撫子〈驚いた表情で〉「柊くんっ、あの、私……!」
柊がじっと撫子を見る。
撫子「?」
柊は「あ、ごめんなさい。宝来さん、鼻の頭が真っ赤になってます」と、笑顔になる。
撫子「えっ!?やだ、恥ずかしいっ」
〈両手で鼻を隠す〉
柊「あはははっ、可愛いのに」
撫子「……っ!!」
撫子〈柊の笑顔を見て、切ない顔になる撫子〉
(忘れられるはずない)
(理由にも、事情にも、縛られない気持ちだわ)
(好きよ、どうしても)
◯早乙女コンツェルンの本社の一室。
スマートフォンを耳に押し当てて、拓磨が窓辺に立っている。
拓磨「……あぁ、調べてほしいんだ」
少し間を置いて、「あぁ、そうだ」と、頷く拓磨。
拓磨「あのはねっかえりと同じバイト先にいる、同じくらいの年齢の男だ。どんな人間か、何から何まで全部、オレに報告してくれ」