宝来撫子はマリッジブルー
第七話 永遠のような一瞬

◯翌日の昼休み、私立R女子学園高等部の中にある、カフェテリア。

麗華と一緒にランチを食べている撫子。

麗華はカフェ特製の明太子パスタを食べつつ、「じゃあ、今日の放課後に会うの?」と、心配そうな顔を撫子に向ける。

ホットサンドセットの中の、キャラメルバナナ・ホットサンドをかじりつつ、撫子は頷く。



撫子「でもあの人、お仕事で忙しいんですって。だから会うのは夜よ。我が家に来るらしいの」

麗華「なぁこちゃん、大変だね」

撫子〈再び頷く〉「マジで勘弁してほしいわ」

麗華「今日も夜までアルバイト?」

撫子「ううん。今日はシフト、入っていないの。のんびり過ごすつもりよ」



◯放課後、家のそばの「みどり公園」。

公園の奥の小さな丘で、私服姿〈ざっくりした短めのセーターと、ドット柄のロングスカート〉でお花畑を見つめている撫子。



撫子〈小声で〉「あ〜ぁ、憂鬱よ」



その時、足音が近づいて来る。

見てみると、柊だった。

学校帰りなのか、制服を着ている。



柊「あれ?宝来さん?」

撫子「柊くん!」



柊はにっこり笑って、撫子のそばに来る。



撫子「どうしてここに?」

柊「この公園のことは最近知ったんですけど、緑が多くて好きなんです。家からは少し遠いけれど、散歩とか学校帰りに寄り道で来たりしています」

撫子「そうだったの……!ねぇ、柊くん、覚えていますか?私達、以前もここで出会っているんですよ」

柊「あ……、やっぱり!宝来さんでしたか」



柊は笑顔を引っ込めて、心配そうな顔になる。



柊「あの時、オレはつい話しかけてしまいましたが、きっとひとりになりたかったですよね?ごめんなさい」

撫子〈慌てた様子で〉「そんな!嬉しかったです」

柊〈少しホッとする〉「それなら良いんですけど」



撫子と柊に沈黙が訪れる。

ふたりとも黙って、お花畑を見ている。



しばらくして撫子が、「どこか遠くに行けたならいいのに」と、呟く。



柊「え?」

撫子「あ、ごめんなさい!なんていうのかしら、非日常を味わいたい気分なんです」
(だって、このあとは婚約者と気の重い話し合いなんだもの)

柊「……じゃあ、どこか行きますか?」

撫子「え?」



柊はニッコリ笑う。



◯街にある美術館。

この街出身の現代美術家の、絵画展がやっている。

ファンタジックな絵の繊細なタッチに、撫子は目を奪われる。



柊〈小声〉「オレ、この人の絵、好きなんです」

撫子〈小声〉「キレイ……!」

柊〈小声〉「良かった」
〈嬉しそうに笑う〉



撫子は柊のその笑顔にときめく。



ついつい口から、「……好きです」と、本音が小さな声でこぼれてしまう撫子。

柊は聞き取れなかったらしく、「ん?」と、撫子の顔に自分の耳を近づける。



撫子「!」



思わず真っ赤になってしまう撫子。

それに気づいて、「あ、ごめん!」と離れる柊。

ふたりとも照れて、頬を赤らめる。



柊「あ、あの、宝来さん。まだ時間はありますか?」

撫子〈何度も頷きながら、少し大きな声で〉「ありますっ!」



周りから注目を浴びて、頭を下げる撫子と柊。

そしてふたりで顔を見合わせて、クスクス笑う。



◯街に流れる川沿いにある、土手。

柊と並んで土手に設置されている階段で立ったまま、夕焼け空を見ている撫子。



撫子〈夕焼け空を見ながら〉「本当に、日常からこっそり抜け出したみたいな夕焼け空……、キレイです」

柊「『こっそり抜け出した』って、なんかいいですね」

撫子「何だか、今、私達抜け出したんじゃないかしら。当たり前の世の中から、奇跡みたいな瞬間に」

柊〈嬉しそうに頷いて〉「じゃあ、オレ達だけの瞬間ですね」



柊の顔を見ると本当に嬉しそうで、そのことで心が温かく満たされた気持ちになる撫子。



撫子(どうしてなのかしら)

(柊くんといる時間は、永遠のような一瞬なのよ)

(だけど、そんな(はかな)さも、トクトク流れる鼓動のリズムも)

(宝物みたいに感じるわ)



撫子「……ありがとう、柊くん。とても楽しく、貴重な時間になりました」

柊「オレも楽しかったです」



柊は笑って撫子と向き合い、「ありがとう」と言う。



撫子「!」



撫子はふいに泣きだしそうになる。

必死で笑顔を作る。



撫子(どうして私には婚約者がいるのかしら)

(好きになっちゃいけないのに、どうして柊くんのことをこんなにも想ってしまうのかしら)



柊はまた夕焼け空に目を向ける。

撫子も同じように空に視線を移す。



撫子(柊くん、あなたと結婚したいわ)

(叶わない願いだってわかっているのに……)



その時、背後のほうで車が「キキーッ」と、急停車する音がする。

思わず振り返ると、そこには撫子の兄、宝来 宗大(ほうらい そうだい)の姿があった。



撫子「兄さん!」

柊「お兄さん?」



宗大はつかつかと歩いてきて、撫子を睨む。



宗大「撫子!何をやってるんだ!探したんだぞ!」

撫子〈少し不機嫌な声で〉「あら、約束の時間はまだでしょう!?」

宗大「それでも早く帰って、色々と準備しないといけないだろう!?拓磨さんがわざわざ来てくださるんだ!」



撫子から柊に視線を移して、きつく睨む宗大。



宗大「きみはどこの誰なんだ?うちの妹とは、どういう関係なんだ!?」

撫子「ちょっと!兄さん、失礼なこと言わないで!!」

柊「オレは柊といいます。宝来さんのバイト仲間で、……友達です」

撫子(柊くん……、ただのバイト仲間だけじゃなくて、私と友達って思ってくれるんだ?)
〈感動する〉



宗大は腕時計を見て、舌打ちをする。



宗大「撫子、もう帰るぞ。柊くん、今後一切うちの妹とは関わらないでくれ。こう見えて妹は、宝来堂にとって大切な存在なんだ」

柊「えっ?」

宗大「これから妹は婚約者と会う予定があってね。連れ回されては困るんだよ」

撫子「兄さん!!」

柊「婚約者?」
〈驚いた表情で、思わず撫子を見る〉



撫子(あぁ、終わったのね)

(私の恋は、たった今)

(散ったんだわ……)





















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