コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
「え?どうしたの、急に。」

蒼士は理由を告げずに水惟の荷物を手にした。

「水惟の分、これで足りる?」
自分の財布からお札を取り出してテーブルに置いた。

「え、これ全員分でもお釣り来ますよ。」
芽衣子が驚いて言った。

「それなら水惟の分の迷惑料ってことで。二人でなんかデザートでも食べて。」
「え、ちょっと…」
冴子はお金を返そうとした。

「「えっ」」

二人は思わず驚きの声をあげた。

蒼士が水惟を抱え上げ、お姫様抱っこをしたからだ。

「じゃあ帰るから。呼んでくれてありがとう。」
そう言って蒼士は個室から出て行った。

店内のどよめく声が個室にも微かに聞こえてきて、水惟を抱く蒼士を見た女性客の声だと容易に想像がついた。

残された冴子と芽衣子の個室は嵐の後のようにシン…としていた。

「…え、何今の…かっこよ!」
芽衣子がツッコむように言った。

「お姫様抱っこって!ナチュラルに!王子じゃん。」
「深山の御曹司だからね〜立居振る舞いが華やかよね〜。なんだかんだいっても所作に気品があるし。まああんなこと水惟にしかしないと思うけど。」

二人は落ち着きを取り戻すと、再び席についた。

「深山さん、あれでもまだ水惟のこと好きじゃないって言うのかな。」
「さあ?後は二人で話し合うんじゃない?それより、水惟に飲まれた分まで飲み直そ。」


蒼士は店から出るとタクシーに乗り込み、自分の家の住所を伝えた。

水惟は後部座席で蒼士に膝枕をされるような格好で眠り続けている。
蒼士は難しい顔で水惟を見ると、顔にかかっていた髪をそっと避け、そのまま頭を撫でた。
「………」


——— ん…蒼士…?…ど して…?


水惟が蒼士を名前で呼んだのは、4年振りだった。

< 102 / 214 >

この作品をシェア

pagetop